元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。

ルド@

一時の平穏とはすぐに消えるものだった。

 次の日、急な休校がやっと終わりを迎えた。
 と言っても警備員は増加して厳重警戒状態である。臨時で警備に当たっているスーツ姿の人の中にも高位の能力者が紛れており、学園の方もかなり本気が窺えた。

「この感じじゃ当分は目立つのは控えた方が良さそうだな」

「走りながら……結構余裕だな?」

 一緒に登校したが麻衣はまだ本調子には遠い。体育の授業で走りながらぼんやり考えていると、後ろから声がした。運動得意なクラスメイトの犬井智だ。

「智か」

「悩みごとか? 珍しくボーとしているな」

「そうでもないが……他の連中はどうした?」

「オレや古賀以外は肉体派じゃないからな。だいぶ後ろだな」

「まあ普通にグランド三十周はおかしいよな。文系タイプは体力以上に精神的にくるか」

 とは言っても肉体がある程度強化されてる能力者。何も考えず普通に走っていれば終わるレベルだ。もし本気体を鍛えようとするならこの程度は生ぬるい。
 現に俺たち二人も話をしながら走っていられるくらい余裕がある。もう半分以上走ったが、まだまだ止まらずに行ける。

「佐倉センもだけど、何か体育教師も集中出来てない感じがするが、やっぱり例の騒ぎが原因だと思うか?」

「少なくとも倒したのなら何かしら掲示板や朝礼で知らせる筈だからな。生徒を不安がらせない為にも……ていう以上に問題ごとを長引かせるのが嫌なんだろ」

 この学園島や街も政府機関が関わっている。だから揉め事を起こせば耳に入って小言を言われることがあり、余計な騒ぎが収まっていないのなら苦情の一つや二つ言って……最悪の場合、介入して来そうだ。

「万が一能力管理部門の連中の耳に入ったら絶対に政府権限で手当たり次第荒らしに来る。だから速やかに解決扱いにして終わらせたいのさ」

「けど、政府の協力もあって島や街が出来たんだろう? もう少し何か……」

「だから学園側も大きく言えないし拒否れない。そんなお膳立ての借りなんてもうとっくに返済されてると思うが、向こう側にとって当たり前の権利でしかない。政府としての強い立場もあるから余計にな」

 しかも、聞いた限りじゃ荒らした際の修繕費はピッタリしか支払わない。迷惑料的な物は一切なくほぼノーアポで立ち入って来るそうだ。

「にしても詳しいな」

「ああ、何でも時一の奴が佐倉先生から聞いたらしくてな。上手く誤魔化すのに苦労しているらしい」

 もし本当なら御愁傷様である。今度ケーキでも奢ってあげようか、あの人意外と甘いの好きだから。
 そんな大人たちの苦労話をして体育の授業は適当に終わった。……言って失礼だと思うが本当に適当だった。警戒しているからってボールで自習扱いとか……。


 仕方ないのでずっと女子の胸揺れを楽しんでる時一を的にして、ドッジボールが開始された。

 時一が何か『こんなのドッジボールじゃない! ただのイジメだ!』とか泣き叫んでいたけど女子たちの『ヤレ』って言う冷たい目に僕たち男子は拒否することができませんでした。

 ノリがいいのか、ボコボコにされながら『我、乳に沈みたかったァァァ〜!』など大量のボールに埋もれながら何か叫んでいたが……割と愉快な授業であった。






 なんて終わりっぽく言っている場合じゃなかった。
 Aクラスとの試合の件も試合場が使えないから中止になって、久々にのんびりとした学園生活が帰って来たぁーと思っていた次の日の放課後。


 突然事態が急変した。


「あ、お兄ちゃんおかえり! ちょうど良かった! 今連絡しようと思ったんだぁ」

 妹に頼まれた買い物を終えて、先にマンションに帰っていた妹に呼び止められる。後ろの麻衣もご馳走になろうと付いて来ていたが……彼女も部屋に入った途端に気付いた。
 何故かテンションの高い空はリビングまで俺の手を引っ張る。呆然としていた俺は妹に任されるままにリビングに着くと、そこには……

「この人がね? お兄ちゃんに話があるんだって!」

「あ、どうも、突然お邪魔してすみません」

 俺たちと同じ制服姿の男が1人。椅子に座っていたが、俺を見ると立ち上がってお辞儀をする。ネクタイが無いせいで何年生か分からないが、見ない顔である。……しかし、それよりも

「本当はまた改めてご挨拶しようと思ったんですが、妹さんのご厚意に甘えて少しだけお邪魔させてもらっていました」

「全然いいですよぉ〜。すぐ帰って来ますし、それにお肉も貰っちゃいましたし! お兄ちゃん見て! お肉だよ! お肉ぅ〜〜!」

「……そうだな」

 ハッポースチロールの箱に入れられたお肉は高そうで美味そうだった。見せながら空は嬉しそうに後ろで隠れてる麻衣にも見せている。

「マイちゃん今日はすき焼きだよ〜! スキヤキスキヤキ!」

「う、うん、そうだねぇ……」

 後ろを見なくても分かる。引き攣った笑みが必死の現れだ。あの時、俺以上に怯えていた麻衣にとってこの対面は悪夢以外の何ものでない筈だ。

「あ、自己紹介が遅れましたね?」

 思い出したように男は近付いてくる。後輩の怯えが増している。俺の背中を掴んでいる手の力が増しているが、震えはもっと酷くなって……


「初めまして―――龍崎刃と言います」


 手を伸ばして握手を求めて……


「別世界で……魔法使い・・・・をしています」


 嬉しさで舞い上がっている空の耳には届かないくらい小さな声。
 俺と麻衣にだけ聞こえるように囁いた途端、引っ付いていた麻衣と俺の心臓が大きく鼓動した。











 こいつは……あの時の『鬼面』だ。

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