元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。

ルド@

やがて……青空は赤黒く染まった。

(なんだ? なんなんだコイツらは?)

 2年のトップであるAクラスの秋党は呆然としていた。
 試合の最中だと言うのに……相手の槍使いの1年女子に圧倒されて、頭がすっかり真っ白になっていた。

「こんな筈では……こんな筈が……!」

「さっきからブツブツ何ですか?」

 不思議そうに首を傾げながら、目に見えない鎌鼬カマイタチの攻撃を避けた空は宙を舞う。材質は金属で女性には大きめな槍であるが、彼女はまるで手足のように軽々と振るって見せる。

 微か空気のブレから秋党が繰り出している風のカマイタチの軌道を読み切っていた。

「クソ! なんで分かる!」

「なんとなくだけど、いちいち手を振ってたらバレバレですよ?」

 なんとなくと言うのは感覚的なものだからだ。大地の『槍使いランサー』に備わっている『気配察知』のスキルは相手の攻撃にも適用されている。たとえ見えなくても大気の揺れと感触が空の五感を刺激させている。気付かない筈がなかった。

 さらに言うと今回の空は本気の本気でもある。普段はニコニコした猫のような雰囲気のある彼女だが、まったく笑みを見せず真剣な眼差しで秋党を見ていた。

 いや、その周りを覆っている風の障壁。その隙間を見極めていた。

「そこっ!」

「ぐッ!? 風の壁を貫通させた!?」

 鋭く突撃すると風の障壁を突き破って秋党の肩を掠める。咄嗟に避けたお陰で擦り傷程度に済んだが、自慢の障壁を破られた事実に秋党の表情は一層険しく、苦々しいものへと変わっていた。

「先輩ですけどお兄ちゃんを悪く言う人に手加減するつもりはありません」

「っ何を!」

 自身の能力である【ライトニング】が発動される。身体中からビリビリと電撃が纏われると振るわれている槍へエネルギーが注がれていく。尚も飛んでくるカマイタチを槍を回しながら弾き返していくと……

「後遺症が残るかもだけど……全力でぶつける!」

「アイツの妹が……舐めるなよっ!」

 手加減していたのはこちらだと心の内で叫ぶ秋党。
 能力名【風神】の全火力で撃てる『破壊の竜巻』を放とうとした。




「松井先輩! もうやめてください!」

「っ! ごめんさない!」

 九重と松井の試合も一方的なものだった。きっと見ている者たちも同じ気持ちだろう。どうにか争っている秋党よりも明らかに劣勢なのだ。

 彼女の能力は【スナイプ】。遠距離系の能力でも上位のもので、視野が広くなり遠距離系の武器を使用する際にもいくつか効果が付与される。一見すると近距離の一対一の戦いは不利にも見えるが、なら近距離に合わせた武器にすればいい。

「ッ!」

 両手にある学園特性のモデルガンの銃口を九重に向ける。本来のモンスター専用の銃とは違いこちらは対人用に改良してある。たとえ直撃しても死ぬことないが、ある程度の怪我は避けらない。さらに出力や命中力を上げたら……

「無駄です!」

 追尾機能もある弾丸速度のBB弾のすべてを、九重は【天使の笛】で出したレイピアで斬り裂く。細い刃のレイピアでは難しいかもしれないが、『剣士ソード』の特性により剣技が何段にも向上されている。動体視力も上がっており、空と同じように気配察知スキルも備わっている。

 銃弾程度の速度ならスローモーションにしか見えない。
 それは無我の境地とう言うべきか……『剣士ソード』と相性が良かった九重のコンディションは最高潮に達して、今までにない集中力と自信が彼女を常に強くしていた。

「もう勝負は見えてます! 続けても恥が募るだけです! 降参してください!」

「ッ、分かってるけど……こっちにも退けない事情があるのよ!」

 眼鏡の奥で苦渋の色をした目が写っている。この状況は彼女も不本意なのだろう。本来の彼女ならこんな争いなどせず話し合いを求める筈だ。

(それが出来たら初めからこんなことしない!)

 しかし、残念ことに彼女はAクラスのリーダーではない。あくまでサブリーダーのポジションで意見を出せたとしても、最終的な決定権は秋党にしかない。

 言っておくと決して秋党は傲慢な人間ではない。過去の屈辱的な敗北も理由だが、時に引き下がることだって出来る人なのだ。というか性格が悪かったらたとえ実力があってもリーダーは務めまらない。

(間違いなく彼を意識してる。会長たちも注目してるあの人を……)

 不運と言うべきか相手がEクラスの問題児たちの1人、あの幸村大地が関わっていなければここまで大事にはならなかった筈だ。

 上級生や教員からも注目されている人物。何度か3年のチームからスカウト受けたほどの男。大抵は学年ごとにチームが結成されており、上級生や下級生のチームが他の学年の者を加えることは滅多にない。

 だから認められていても学年別やクラス別の混合チームが作られることは稀で、あってもサブチームとして入ることが多い(最大2チームまで入ることが認められている)。
 生徒会や風紀委員会のチームメンバーもクラスで作っている者がばかりで、松井もまたクラスのチーム以外に生徒会のチームにも所属している。ほぼ強制であったが、今となっては有り難いパイプである。

(もうその立場すら危ういけど……)

 絶えない騒動にとうとう会長たちが動き始めた。話し合いの際も仲介役の立場で直接的な介入こそして来なかったが、遠回しに騒ぎ過ぎだと窘められた。
 格下チームが負け続いていることだけではない。他のクラスまで巻き込んでほぼ1年のチームに攻撃を仕掛ける行為、それに生徒会のメンバーが関わっていることが彼らにとって一番の問題なのだ。

 つまり彼女の存在だ。
 秋党の暴走も困りものだが、生徒会の副会長の彼女がそれに加担している現状。事態が長引いている以上、生徒会の面子に関わると会長たちも黙っていられなくなった。

「だから! だから負けられないの! 絶対っ!」

「色々と苦労されているのは察しました。ですが……!」

 下級生相手に容赦なく強化されたBB弾を撃つが、まったく負ける気がしない九重は残弾が尽きるまで斬り続ける。どれだけ性能の高い能力だろうと弾には限界がある。自棄になって力押しで撃ち続ければ……

「――あっ!」

 必然的に弾は尽きる。
 慌てて予め弾を入っている弾倉を取り出そうとしたが、両手に銃を持っていた所為で慣れている筈の動作が遅れてしまう。

「終わらせます!」

「ま、待っ!?」

 その隙を松井が狙わない訳がない。
 剣の効果で加速すると一気に彼女の間合いまで距離を詰めた。





「決着だな」

「そうですね」

 大地も麻衣も確信する。
 もう相手側に逆転する機会は来ないと――――








『そろそろ時間か』






「ッ!」

「センパイ? ――っ、この気配は!」

「ああ! 何か来る!」

 不意に上を見上げた大地。麻衣も同様に見え上げるとそこには―――

「な、なんですか、あ、あれ?」

「なんですかって言われてもよ……」

 歪にひび割れ始める青空。試合場の天窓は基本雨でない限り全開だからすぐ分かったが、アレをどう説明しろと言われても完全に専門g―――

「――ッ! いや、待て、この感じは!」

 言いかけた直後、パリンとガラスが割れたような音と共に赤黒く光り始める青空。さすがに試合している者たちや観戦者たちも気付いたらしい。唖然とした様子で大地たちと同じように見上げ……

「来るぞ!」

 真下に飛来した光が試合場のど真ん中へ。
 試合場全体に大きな衝撃を与えた。










「さて、新たなショーの幕開けだ」

 ―――その者は微かに笑みを飛来したソレと彼らの様子を眺めていた。

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