元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。
そして隠し合う先輩と後輩の秘密とは……。
――最後の最後で魔王の一撃に大地を貫く。寸前で彼の聖剣が魔王の剣を真っ二つに斬り裂いたが、折られた剣先の方は勢いを殺さず彼の胸元へ届いていた。
「先輩っ!?」
麻衣の視界で魔王の刃に貫かれた大地がゆっくりと倒れていく。重い足を走らせて必死に手を伸ばそうとするが、体力も魔力も消耗し切った彼女ではどうあっても届かなかった。
「先輩!? 先輩!?」
大地が地べたに倒れるとスボっと貫いていた刃が抜かれる。血飛沫が舞って倒れている地面が大量の血で染まっていく中、遅れて傍に麻衣が駆け寄るが……。
「……っ! ま、まだ、まだ間に合う! 絶対に間に合わせる!」
遠目でも分かっていた。明らかに致命傷、致死量であるが、傍に駆け寄った彼女は諦めなかった。
副作用ある非常用であるが、持っていた魔力回復の魔道具を『魔法の鞄』から取り出し掛けたが……。
「……え?」
――異変はその時起きた。
魔王の刃が貫いてパックリ切れてしまった彼の胸元。……辛うじて埋め込むようにして残っていた刃を抜こうか迷っていた彼女の目の前で、その刃から溶けるようにして暗黒の魔力が溢れ出す。
すると広がっていた傷を抑えて、徐々に治癒まで始める。一瞬彼の自動系の回復スキルが発動したのかと思われたが、普段の彼のとは正反対と言っていいくらいドス黒く濁った魔力が溢れ出している。
「な、なんで……?」
彼女には見覚えしかなかった。
と言うより、ついさっきまで見ていた恐ろしい瘴気の塊である。
――魔王の魔力だ。
魔王の力が大地の命を救ったのだ。
「どうして……?」
『ククククッ! こうなッたカ……』
「――っ!?」
その時、嘲笑うかのような低い声が混乱する彼女の耳に入った。
一瞬にして絡まっていた雑念が消えて、奴への敵意が急激に燃え上がった。
「魔王っ! 先輩にいったい何をした!?」
滅び切ってなかったのかと振り返る。彼の超火力攻めで燃え尽きかけた魔王が不敵に笑っている。今にも消えそうにでありながらも、世界を圧迫させるような支配感が声音から感じられた。
『さァナ? コレから消えるオレには関係ナイ事ダ。精々抗え『魔導王』……『勇者』ヲ生カスカ殺スカハ、貴様ノ選択次第ナンダカラナ』
「なに! どういう意味だ!?」
『ククククッ! ハハハハハハハハハッ!!』
そう言うと魔王は煙となって焼失した。
アレほど強敵だった相手が最後は呆気なく、そしてとんでもない置き土産を残して。
唯一消えなかった魔王の剣がそれを主張するかのように鈍い輝きを放っていた。
その後、魔力が回復した麻衣は、王城に忍び込んで帰還用の魔道具を奪取。多少の混乱は続いていたが、起きない大地を抱えて帰還の魔道具を起動させる。
王女や共に戦ってくれた仲間たちも気になりはしたが、大地の指示通り元の世界へ帰還を選択した。
戻った影響で武器類や金品が消えたのは惜しいと感じたが、衣服や肉体が転移前に戻っていたことに安堵してすぐ忘れてしまった。
――消えた魔王が持っていた折れた魔剣。
その場に放置するのも『魔法の鞄』に入れるのも危険過ぎると考えて、特殊な空間内に封印して持ち帰った魔剣の存在。
彼女がその存在を思い出したのは、彼が入学して能力を開花した直後だった。
「ムー、超反省」
「ギャー!? 痛い痛い!? ユキちゃんギブギブ!」
「まだ足りない、反省追加」
「爪を立てないで!? 本当にごめんってば!」
白岡有希は不満そうに頬を膨らませて男の頬をつねる。
情けない男は全身が土埃まみれ。白岡が見た限り怪我らしき箇所はないようだが、この男の所業を思い出して無表情の頬がさらに膨れて饅頭になった。
「わたしが来なかったら今頃変死体だった」
「っ……へ、変死体はさすがにないんじゃないか?」
「氷漬けから斬殺なのに?」
「…………変死体確定か」
はぁと溜息を吐く。
頬がつねられ過ぎて変顔になっているが、浮かんだ自分のスプラッターな姿よりかはマシだとお仕置きも観念した。
「そもそも近付く必要もなかった。見張るだけだったのに彼と接触した。せめてわたしかアースを付けるべき」
「いや、悪い悪い。コピー能力が面白くてちょっと調子に乗り過ぎたわ」
「ノリ過ぎ。コロが居ないからってあの娘のコピーを使った」
「戻っても本人には言うなよ? あとルナにも。2人して嫉妬深いから」
「わたしも……アースも文句あるからね? ……ヴィット」
その名を呼ばれた途端、時一久から普段の顔色が消える。
彼女がよく知っている馴染みの表情となると、静かに両手を合わせて小柄な彼女へ思いっ切り頭を下げた。
「どうか……デザートコースで勘弁してください!」
「フルコース」
「いや、出来ればカップル割引が利くデザートコースで!」
「カップル割引はおーけー。けどフルコース」
「そこをなんとか……! 今月〇〇本を買い過ぎてお金が……」
「あとで本も絶対処分するから問題ない。わたしたちがいるのに〇〇本なんて論外。フルコース+デザートコース確定だから」
「あれ!? もしかして余計なこと言い過ぎちゃった!? ていうかコースメニュー増えてない!?」
なんてやり取りをした後、島を出て行くと本当に学園島のレストランまで連行される。
拒否権なしで爆食者の白岡にフルコース+デザートコースを奢らされて、時一の財布の中身がスカスカとなってしまうが、それはどうでもいい話なのでカットした。
「あれあれ!? ナレーションまでオレに厳しくない!? ていうかこんな終わり方ってありなの!?」
彼の苦難(笑)はまだまだ続く。
「センパイには超反省が必要です!」
「いやー悪い悪い。あ、醤油取って」
「自分で取れや! このバカセンパイが!」
「おーい、病み上がりの先輩相手に酷くないか?」
謎の精霊との対決後、一気に疲れが吹き戻ってしまい大地が倒れた。前もって麻衣の魔法で回復されていたが、精霊を倒した後に反動が彼を襲い気絶してしまった。
予定していた四獣戦だけでなく、何故か精霊戦まで行っただから仕方ないが、表向きには彼は何もしていないことになっていた。
結果、彼の学園での評価は最低なものであった。
「『天才1年の腰巾着』か……なかなか面白いとは思わないか?」
「全然面白くありませんよ! これでもう計画が目茶苦茶ですっ!」
「半分は成功したようなもんだろ?」
「もう半分が破算具合が酷いんです! センパイのデビュー戦も用意してたのに台無しですよ!」
頭抱えつつ何だかんだベットに座る大地に醤油を渡す。買い出しに出ている空に頼まれている手前、口では文句を言いつつも何気に優しかったりする。……目的が崩れてしまいちょっと混乱していたが。
「しょうがないだろう? 東エリアに現れる筈の四獣が隠れてたんだから」
「ええ、聞きましたよ? 探知して見つけたら精霊とも遭遇してそのまま戦闘になったと」
ジト目で胡散臭そうに大地を睨む。全然信じていない目であるが、彼もそれ以上言おうとはしない。
「説明してくれる約束だった筈ですよね?」
「しただろう? あの場所にいた理由と精霊との遭遇理由」
四獣を従わせていた黒幕もいたが、気付いていない麻衣に必要以上伝えることもない。気付かれたら絶対に面倒になるのは明らかであるが、それでも大地は余計な情報を与えることはない。
既に役目を終えた筈の異世界での問題である。
しかも、魔王が関わっている可能性が非常に高い以上。
――未だに異世界でのことを悔いている麻衣にその事実を伝えようとは思わなかった。
「ちなみに精霊の正体については……本当に知らないんですか?」
「ああ、あれは本当に想定してなかった。そもそもこの世界に精霊なんていないと思ってた。アレがなんであそこに現れたか不明だ」
「あれは……ね?」
「……」
そして、気まずい食事は続いた。
空が戻って来るまでジト目の後輩から逃れるように大地は食事を進める。……病み上がりの身で3杯もご飯をおかわりしてしまった。
「やっぱり魔王が関わってるんだ……」
マンションに空が戻ったので、入れ替わるように麻衣が部屋を出て行く。
「解錠せよ――【シークレット・ボックス】」
1人リビングのソファーに座っていると彼にバレない程度に魔法を発動する。
空間魔法で閉じ込めていた物を静かに取り出した。
「魔力に似た力で発現される能力。異世界の魔物に酷似したモンスター。突然現れた謎の精霊。そして先輩の中に宿っている魔王の力」
取り出された物を見つめながら、彼女はやり切れない悲しそうな目をする。
「先輩が隠すなら私だって隠しますからね。私だってこれ以上先輩をコイツと関わらせたくないから」
彼女の手元には黒きカード1枚。
絵柄は真っ黒な闇が覆われていたが、その下には他のカードと同じように名が刻まれており……。
「もしまた出て来るなら今度は私が倒す。先輩にはこれ以上やらせない」
――『魔王』と書かれていた。
第1章(完)
「先輩っ!?」
麻衣の視界で魔王の刃に貫かれた大地がゆっくりと倒れていく。重い足を走らせて必死に手を伸ばそうとするが、体力も魔力も消耗し切った彼女ではどうあっても届かなかった。
「先輩!? 先輩!?」
大地が地べたに倒れるとスボっと貫いていた刃が抜かれる。血飛沫が舞って倒れている地面が大量の血で染まっていく中、遅れて傍に麻衣が駆け寄るが……。
「……っ! ま、まだ、まだ間に合う! 絶対に間に合わせる!」
遠目でも分かっていた。明らかに致命傷、致死量であるが、傍に駆け寄った彼女は諦めなかった。
副作用ある非常用であるが、持っていた魔力回復の魔道具を『魔法の鞄』から取り出し掛けたが……。
「……え?」
――異変はその時起きた。
魔王の刃が貫いてパックリ切れてしまった彼の胸元。……辛うじて埋め込むようにして残っていた刃を抜こうか迷っていた彼女の目の前で、その刃から溶けるようにして暗黒の魔力が溢れ出す。
すると広がっていた傷を抑えて、徐々に治癒まで始める。一瞬彼の自動系の回復スキルが発動したのかと思われたが、普段の彼のとは正反対と言っていいくらいドス黒く濁った魔力が溢れ出している。
「な、なんで……?」
彼女には見覚えしかなかった。
と言うより、ついさっきまで見ていた恐ろしい瘴気の塊である。
――魔王の魔力だ。
魔王の力が大地の命を救ったのだ。
「どうして……?」
『ククククッ! こうなッたカ……』
「――っ!?」
その時、嘲笑うかのような低い声が混乱する彼女の耳に入った。
一瞬にして絡まっていた雑念が消えて、奴への敵意が急激に燃え上がった。
「魔王っ! 先輩にいったい何をした!?」
滅び切ってなかったのかと振り返る。彼の超火力攻めで燃え尽きかけた魔王が不敵に笑っている。今にも消えそうにでありながらも、世界を圧迫させるような支配感が声音から感じられた。
『さァナ? コレから消えるオレには関係ナイ事ダ。精々抗え『魔導王』……『勇者』ヲ生カスカ殺スカハ、貴様ノ選択次第ナンダカラナ』
「なに! どういう意味だ!?」
『ククククッ! ハハハハハハハハハッ!!』
そう言うと魔王は煙となって焼失した。
アレほど強敵だった相手が最後は呆気なく、そしてとんでもない置き土産を残して。
唯一消えなかった魔王の剣がそれを主張するかのように鈍い輝きを放っていた。
その後、魔力が回復した麻衣は、王城に忍び込んで帰還用の魔道具を奪取。多少の混乱は続いていたが、起きない大地を抱えて帰還の魔道具を起動させる。
王女や共に戦ってくれた仲間たちも気になりはしたが、大地の指示通り元の世界へ帰還を選択した。
戻った影響で武器類や金品が消えたのは惜しいと感じたが、衣服や肉体が転移前に戻っていたことに安堵してすぐ忘れてしまった。
――消えた魔王が持っていた折れた魔剣。
その場に放置するのも『魔法の鞄』に入れるのも危険過ぎると考えて、特殊な空間内に封印して持ち帰った魔剣の存在。
彼女がその存在を思い出したのは、彼が入学して能力を開花した直後だった。
「ムー、超反省」
「ギャー!? 痛い痛い!? ユキちゃんギブギブ!」
「まだ足りない、反省追加」
「爪を立てないで!? 本当にごめんってば!」
白岡有希は不満そうに頬を膨らませて男の頬をつねる。
情けない男は全身が土埃まみれ。白岡が見た限り怪我らしき箇所はないようだが、この男の所業を思い出して無表情の頬がさらに膨れて饅頭になった。
「わたしが来なかったら今頃変死体だった」
「っ……へ、変死体はさすがにないんじゃないか?」
「氷漬けから斬殺なのに?」
「…………変死体確定か」
はぁと溜息を吐く。
頬がつねられ過ぎて変顔になっているが、浮かんだ自分のスプラッターな姿よりかはマシだとお仕置きも観念した。
「そもそも近付く必要もなかった。見張るだけだったのに彼と接触した。せめてわたしかアースを付けるべき」
「いや、悪い悪い。コピー能力が面白くてちょっと調子に乗り過ぎたわ」
「ノリ過ぎ。コロが居ないからってあの娘のコピーを使った」
「戻っても本人には言うなよ? あとルナにも。2人して嫉妬深いから」
「わたしも……アースも文句あるからね? ……ヴィット」
その名を呼ばれた途端、時一久から普段の顔色が消える。
彼女がよく知っている馴染みの表情となると、静かに両手を合わせて小柄な彼女へ思いっ切り頭を下げた。
「どうか……デザートコースで勘弁してください!」
「フルコース」
「いや、出来ればカップル割引が利くデザートコースで!」
「カップル割引はおーけー。けどフルコース」
「そこをなんとか……! 今月〇〇本を買い過ぎてお金が……」
「あとで本も絶対処分するから問題ない。わたしたちがいるのに〇〇本なんて論外。フルコース+デザートコース確定だから」
「あれ!? もしかして余計なこと言い過ぎちゃった!? ていうかコースメニュー増えてない!?」
なんてやり取りをした後、島を出て行くと本当に学園島のレストランまで連行される。
拒否権なしで爆食者の白岡にフルコース+デザートコースを奢らされて、時一の財布の中身がスカスカとなってしまうが、それはどうでもいい話なのでカットした。
「あれあれ!? ナレーションまでオレに厳しくない!? ていうかこんな終わり方ってありなの!?」
彼の苦難(笑)はまだまだ続く。
「センパイには超反省が必要です!」
「いやー悪い悪い。あ、醤油取って」
「自分で取れや! このバカセンパイが!」
「おーい、病み上がりの先輩相手に酷くないか?」
謎の精霊との対決後、一気に疲れが吹き戻ってしまい大地が倒れた。前もって麻衣の魔法で回復されていたが、精霊を倒した後に反動が彼を襲い気絶してしまった。
予定していた四獣戦だけでなく、何故か精霊戦まで行っただから仕方ないが、表向きには彼は何もしていないことになっていた。
結果、彼の学園での評価は最低なものであった。
「『天才1年の腰巾着』か……なかなか面白いとは思わないか?」
「全然面白くありませんよ! これでもう計画が目茶苦茶ですっ!」
「半分は成功したようなもんだろ?」
「もう半分が破算具合が酷いんです! センパイのデビュー戦も用意してたのに台無しですよ!」
頭抱えつつ何だかんだベットに座る大地に醤油を渡す。買い出しに出ている空に頼まれている手前、口では文句を言いつつも何気に優しかったりする。……目的が崩れてしまいちょっと混乱していたが。
「しょうがないだろう? 東エリアに現れる筈の四獣が隠れてたんだから」
「ええ、聞きましたよ? 探知して見つけたら精霊とも遭遇してそのまま戦闘になったと」
ジト目で胡散臭そうに大地を睨む。全然信じていない目であるが、彼もそれ以上言おうとはしない。
「説明してくれる約束だった筈ですよね?」
「しただろう? あの場所にいた理由と精霊との遭遇理由」
四獣を従わせていた黒幕もいたが、気付いていない麻衣に必要以上伝えることもない。気付かれたら絶対に面倒になるのは明らかであるが、それでも大地は余計な情報を与えることはない。
既に役目を終えた筈の異世界での問題である。
しかも、魔王が関わっている可能性が非常に高い以上。
――未だに異世界でのことを悔いている麻衣にその事実を伝えようとは思わなかった。
「ちなみに精霊の正体については……本当に知らないんですか?」
「ああ、あれは本当に想定してなかった。そもそもこの世界に精霊なんていないと思ってた。アレがなんであそこに現れたか不明だ」
「あれは……ね?」
「……」
そして、気まずい食事は続いた。
空が戻って来るまでジト目の後輩から逃れるように大地は食事を進める。……病み上がりの身で3杯もご飯をおかわりしてしまった。
「やっぱり魔王が関わってるんだ……」
マンションに空が戻ったので、入れ替わるように麻衣が部屋を出て行く。
「解錠せよ――【シークレット・ボックス】」
1人リビングのソファーに座っていると彼にバレない程度に魔法を発動する。
空間魔法で閉じ込めていた物を静かに取り出した。
「魔力に似た力で発現される能力。異世界の魔物に酷似したモンスター。突然現れた謎の精霊。そして先輩の中に宿っている魔王の力」
取り出された物を見つめながら、彼女はやり切れない悲しそうな目をする。
「先輩が隠すなら私だって隠しますからね。私だってこれ以上先輩をコイツと関わらせたくないから」
彼女の手元には黒きカード1枚。
絵柄は真っ黒な闇が覆われていたが、その下には他のカードと同じように名が刻まれており……。
「もしまた出て来るなら今度は私が倒す。先輩にはこれ以上やらせない」
――『魔王』と書かれていた。
第1章(完)
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