元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。

ルド@

アイドル女子の邂逅は虫からだった。

 橘美咲が幸村大地を特別視したのは、ちょうど1年前の『四獣討伐戦』のような大規模戦があった頃だ。

 まだクラス内にチームもロクに出来上がっていなかった為、当時の2年チームと共に大量発生した昆虫型のモンスターの討伐に参加したが、多いだけでなく小さいサイズから大きいサイズまで出て来て、女子の大半が悲鳴を上げて橘も中々慣れなかった。

 1年の男子たちも臆している者が多かったが、慣れた様子で次々とモンスターを倒して行く2年の先輩たちを見て緊張した様子ではあるが、フォローされながら戦いに参加して行った。

 モンスターの数は多かったが、慣れている2年が率先として倒していったことで特に被害もなく終わる筈だった。

 予期せぬ奇襲攻撃を受けて集団から逸れるまでは。
 珍しい上位種の昆虫モンスターが乱入したことで、チームがバラバラにされて橘も孤立してしまった。

「はぁ、はぁ……」

 一応能力には開花していたが、残念ながら戦闘系ではなかった。
 モンスターとの訓練なども無いに等しかった。何とか他のチームと合流するまで必死に岩陰に隠れていたが。

『グィィィィ!』

「――っ!」

 ここはモンスターが棲んでいる『暗黒島』だ。レベル的には低いエリアであっても素人の彼女には安息の暇すらなかった。

 空から現れた巨大なヘラクレスが背にしていた岩の壁ごと橘に突進した。
 寸前で気配を察知して飛び離れる橘であるが、ヘラクレスの突進の衝撃は大きく背にした岩が砕け散った途端、風圧で足元を奪われて倒されてしまう。

『グィィィィィ!』

「こ、こんなところで……!」

 さらに迫ってくるモンスターに橘はなす術がない。鍛えていたつもりの躰も先ほどの攻撃で震えてしまっている。
 初めての島での危機に怯えなのか、体が言うこと聞いてくれなかった。

「かは……!」

 避けるどころか受け止める余裕もなく、そのまま後方の木まで吹き飛ばされる。
 肋骨が何本か折れた気がしたが、それよりもとにかく起き上がろうとする橘であるが……。

『キュー!』

 さらなる絶望が彼女に襲い掛かる。
 背後から別の鳴き声がしたと顔だけ振り返ったところで、トンボ型のモンスターが口からブレスの炎を溜めてこちらへ飛来して――

『――キュ!?』

 飛行するトンボの頭上から青い光の柱が落ちた。
 光に飲まれたトンボは耐久値の限界を超えて爆発を起こした。

「な、何が……」

『グィ、グィィ……!』

 同胞の爆死に突撃を続けようとしたヘラクレスも立ち止まる。呆然とする橘と同様に困惑したような鳴き声を漏らしていたが。

『グィィィィッ!』

 橘の少し後ろで落ちた光の中から出て来た者を見て、そいつが仕出かしたのだと怒りの声を上げて突撃したが。

「よっと」

『グィィィィィィッ!?』

 橘も見たことがない『真紅のガントレット』で突進を止めた幸村大地・・・・は、空いているガントレットの拳でヘラクレスへ1発入れた。……何故か彼の側で気絶した鷹宮朱音が寝転がっているが、それどころではなかった。

「え……」

 橘の視界に一瞬だけ彼の拳が燃えた気がしたが、殴り飛ばされたモンスターが爆発を起こした。

「な、なんなのいったい……」

 結果、橘の思考は混乱していた。訓練されて鍛えられていた筈のメンタルが崩壊寸前。平常心が維持しようと努力するだけで背一杯であった。

「お前は……橘だったか?」

「え、あ……」

 声を掛けられてもまともに返答が出来なかった。
 普段の彼女からしたらあってはならないミスだが、相手も返答を求めていなかったか。

「『サポート部』の助っ人だ。とりあえず……伏せてろ・・・・

 呆然とする彼女へ幸村は告げると、いつの間にか集まり出した虫たちを見据える。同胞の仇でも取りに来たか、飛び回って来た虫たちは鋭い眼光で彼を射抜いていたが。

「【ヒート・バン】」

 大きな真紅の炎球を生み出した幸村が拳に乗せて炎球を撃った。



 ……それが幸村大地と橘美咲の最初のコンタクトであった。
 幸村はなんでもない部活動としての助っ人だと認識していたが、この大規模戦を切っ掛けに鷹宮朱音だけでなく橘美咲にも注目されてしまうのだった。





「じゃ、俺は帰るけど、橘は?」

「んーちょっと用事あるからまだ残るかな」

「そうか、じゃあ失礼するわ」

「うん、じゃあね?」

 話を終えた幸村が教室を出て行く。手を振って笑顔で見送った橘美咲は警戒を怠らなかった。

「……」

 足音だけでなく気配も遠退くのをしっかり確認した後。教室から廊下に出た橘は、その足で隣の教室へ移動して扉を開ける。壁にもたれていた男子生徒が1人、スマホを弄りながら待っていた。

 橘と同じEクラスのイケメン男子である藤原ふじわら浩司こうじであった。  

「あ、美咲か? やっと終わったかな?」

 扉の開く音に反応した藤原はスマホから橘の方へ顔を向ける。
 よく教室でも目にする笑顔で尋ねるが、興味がない橘は一切気にせず問いに答えた。

「うん、交渉は一応成立」

「へぇ……一応って?」

「藤原君には関係ないかな。もう帰っていいから」

 言うことを済ませるとさっさと教室を出ようとする橘。クラスアイドルな彼女にしては辛口対応であるが、生理的なレベルで彼のことが苦手であった。

「いやいや、それはないんじゃないかな?」

「退いてくれない? 帰れないんだけど?」

 だから慌てて行く手を阻んむように扉の前で回った藤原を見て、嫌悪感を露わにしたのは仕方がなかった。

「つれないなー。仲間なんだからもっと仲良くしようじゃないか」

「チームが一緒なのは、朱音さんがあなたの実力だけは・・・・・認めたからよ。余計な馴れ合いまでは彼女も求めてない筈だよ?」

 実力だけは・・・・・の一言にピクリと反応を示したが、彼女は気付かない振りをする。
 本音なら鼻で笑ってもいいと思うが、この高いプライドの持ち主を挑発しても損しかない。

「急に朱音から君の護衛を頼まれたと思えば……ちょっと扱いが雑過ぎないかい?」

「私だって不服だったからお互いさま。護衛は要らないって言ったのに」

 そう、この男が待機していたのは、チームリーダーである鷹宮朱音の指示である。
 彼を毛嫌いしている橘は当然拒否したが、幸村大地にさらなる接触を行う以上、妥協は許されないと押し通された。

「彼女が自ら動けるなら僕が呼ばれたりしなかったさ。何で動けないのかは知らないけどね?」

 だったら朱音が護衛に付いて来ればいいのに、と彼女も思っていたが。

「さぁ? 私も知らないから」

 実は交渉もついでであるのは彼女しか知らない。
 朱音の言う通り視線を送っていれば自然と1人になると言ったが、まさか……

(予想していた反応とは違う回答だった。前までの彼なら討伐戦に前向きな発言なんてあり得なかったのに)

 最初から読まれていた? そんな可能性が脳裏に過ぎるが、未確定なことが余りにも多過ぎた。

「どのみちもう終わったことだから。あなたも余計なことをせず四獣戦までにしっかりと準備を終えて」

「気に入らないな」

「は?」

 今度こそ出ようとするが、何故か冷めたような声音を吐いた藤原を見る。ニコニコとした笑顔が消した男は、橘ではなく廊下を……立ち去っていた男を睨んでいるようだった。

「彼の何が君たちを引き寄せてるのか知らないけどさ? いづれ最強になる僕を差し置いてなにダイヤに手を伸ばそうとしてるのかな? あの害虫は・・・・・

 ダイヤとは自分や朱音のことだろうか。聞きたくもないセリフに耳が腐った気がした橘は、頭を振って教室を後にした。




「で、そちらはどちら様の先輩ですか?」

「鷹宮朱音。2年E組の先輩よ」

 そして少し時間が遡り、場所は外にある公園のようなトレーニングエリア。
 大地と分かれた後輩の小森麻衣は、同じチームの空と沙織の練習相手をしていたところ、Eクラスの大和撫子こと鷹宮朱音が突如現れた。


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