【完結】幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです

さぶれ(旧さぶれちゃん)

2.ニセ嫁修行、始めました。・その2

 あれから三十分が経った。自分の中では始めた頃よりはましに歩けるようになってきたと思うが、どうだろうか。時計を見ると午前十時四十五分を過ぎていた。もうすぐグリーンバンブーのランチ営業時間だ。店は十一時開店となっている。

「中松、ごめん。時間だからもう帰るね。ランチが始まっちゃう」

「ああ、グリーンバンブーに出勤ですね。もうそんな時間でしたか」

「それじゃあ、お疲れ様」

 お腹に力を入れる事を忘れないようにして、中松に微笑んだ。少しは優雅に微笑むことができるようになったかしら。おほほ。

「今の所はまずまずでしょう。とても合格点を付けられたものではございませんが」

 しかし中松の評価は辛辣だった。

「まあ、伊織様の努力だけは認めて差し上げます。これからも一矢様の為に頑張って下さい。くれぐれも粗相が無いようにこの中松が――」


「もうわかったから! 時間が無いから帰らせて」


 説教が始まりそうだったから、途中で遮った。中松の説教は長いし、くどい。

「お待ちください。お送り致します」

 中松も一緒に歩行練習にあてがった部屋を出てきた。お金持ちの家だから部屋数が凄い。その中に、広いゲストルームまで数に含まれている。しかも本家と違って分家でこの広さ。本家と分ける為にわざわざ建てられた、一矢の為だけの家。聞こえはいいかもしれないけれど、一矢は後妻の子だからという理由で、同じ父から生まれて血が繋がっているにも関わらず、お姉さまたちには可愛がってもらえない。わざわざ家も分けられ、分家が与えられている。男は長男の一矢しかいないので、お父様としては一矢を跡継ぎとして迎えたいようだけれど、お姉さまたちが幅を利かせているため、再婚した当初から一矢とお母さまは邪魔者扱いだ。



 家族に邪険に扱われ、学校でも意地悪をされる――だから一矢は余計ひねくれるのだと思う。



 私の家族はみんな平等でみんな仲良しだから、一矢家のやり方は正直言って嫌い。だから一矢も幼い頃は本家には帰らず、私の家で何時もご飯を食べたりしていた。
 余り物の洋食でも、仕方ないからこの私が食べてやる、みたいな偉そうなことを言いながらも、嬉しそうにしていたひねくれ者。幼い頃はおかずのエビフライの数で揉めたり、争奪戦の中で一緒に育った。そんな昔から知っている彼のお嫁さんになる事が夢だったが・・・・何もこんな形で叶わなくてもいいじゃないか、と愚痴を言いたくなる。

 一矢が高校の頃に分家が出来てからは、本家に寄り付いてもいない様だ。一矢にとっても息が抜ける分家ができたのは、彼のお母さまがご病気で亡くなってしまってからだと聞いているし、体よく本家から追い出されたのだろうけれど、結果良かったのだと思う。考えれば考えるほど、三成家は複雑だ。私には理解できない。

「中松。送らなくてもいいよ。自分で帰れるから」

「偽物とはいえ、仮にも三成家のご婦人になられるのでございます。自転車通勤は止めて頂きますよ。ご近所の皆様に笑いものにされます」

「・・・・買い出しにも使うんだけど。自転車。ここに置いて帰ったら困るよ」

「後で店の方に届けさせます。では、参りましょう。営業時間終了の午後三時に、再度迎えに上がります。よろしいですね」

「は、はあ・・・・」

「たるんでますよ! しゃっきりなさってください」

 スパルタ中松は、最後の最後まで厳しく私の姿勢を正した。




 中松の、鬼!




 私は先陣を切って歩き出した中松の背中に向かって、見つからないように思いきりアカンベーをした。

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