どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十二章 それを人は運命という 12

「新婚旅行はどうするって?」
「うん、来年の秋あたり九州に行こうかなって。なんとかっていう豪華列車に乗りたいんだそうよ」

「へぇ」

「はい、どうぞ」と紫織が出した料理はクリームシチューだ。キノコがたっぷりと入っている。

「キノコか。もうすぐ秋だな」

 自分も席についてニッコリ微笑んだ紫織は、宗一郎が美味いと言いながら、うれしそうにシチューを食べるのを見届けてから、思い出したように自分もスプーンでシチューをすくった。

 結納が無事に済むと、宗一郎は少し元気になってきた。
 とはいっても元気がないと気づくのは紫織だけというくらいの、ほんの細やかな変化だ。

 彼の心の傷は、まだ癒えてはいない。
 そう簡単なものではないだろうが、かさぶたができ始まっているのではないだろうか。流れていた血は止まったと思うのだ。

 長い時間がかかるのかもしれない。それでもずっと寄り添い、彼の傷の包帯を繰り返し替えてあげたいと紫織は思っている。

「それにしても、紫織がこんなに料理が上手いなんて思わなかったなぁ」

「ありがと。実はね、大学生の頃から料理学校にも通っていたの」

「そうなのか?」

「宗一郎には、腕前を披露する機会もなかったからね」

「なんだよ。カラオケといい、料理といい、知らない事があるのが悔しいなぁ。紫織のことなら何でも知っていると思っていたのに」

 そのため息が思ったよりも深いのが面白くてクスクスと笑った。

「宗一郎だって、あんなふうに人前で堂々と話せる人だなんて、私、全然想像もできなかったわ。いい香りだって昔はしなかったよ? どうしたの、あのコロン」

 ――どこかの女の子にもらったんじゃないのぉ?

「ああ、あれか。なんか、仕事であのブランドの通販サイトを作った時にもらったんだよな。変か? やっぱ似合わないか?」

 ――あらまあ、そうでしたか。

「ううん。私、好きよ。爽やかで」

「そうか?」

 宗一郎は、思いきり照れたように笑った。

 食事が終わり、リビングのソファでくっついて、ワインをかたむけた。
 明日は休みなので、今夜はだらだらとのんびりしても大丈夫。
 横を見ると宗一郎の顔がすぐそこにあって、振り返りざまに、彼がチュとキスをした。 

「俺は、ちっとも大人になれていないのかもな」

 唇が離れると、ふいにそんなことを言う。

「ええ? どうしてそうおもうの?」

 彼は「ちょっと待ってて」と言って、書斎から小さな紙袋を持ってきた。

「あっ」

 その紙袋には覚えがある。
 その昔、同じ紙袋に入ったプレゼントをもらったことがあった。

「開けていい?」

 プレゼントは昔、一度目のプロポーズをした時に渡したシルバーのリングと同じブランドのものだ。

「宗一郎、これって……」

「特注で七粒のダイヤをつけてもらったんだけど、店で頼むとき、子供みたいにやたら照れちゃって。自分でも呆れたよ」

「ありがとう、宗一郎」

 ――覚えていてくれたんだね、あの約束。
七年前にもらった指輪と同じデザインだわ。

「幸せになろうな、紫織」
「うん」

 指輪をはめてもらって、キスをした。
 長い、長いキスを。

 視界の隅で、テンポドロップの結晶が、キラキラと輝いていた。

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