どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十二章 それを人は運命という 1

 ――あのことを聞かされたのは、七年前だった。

 大阪支社を出てタクシーに乗った宗一郎は目を閉じて考えた。

 七年前のあの日。
 紫織から別れを切り出された時、それが紫織の本心ではないことはすぐにわかった。

 老舗呉服店の娘だから貧乏人とは結婚できない?
 そんなことを紫織が言うはずがない。

 でもそれを彼女の口から言わせる理由が知りたくて、宗一郎は紫織の母、藤村夫人に会いに行ったのである。

 頼んで、頼みこむつもりで、それでもだめなら紫織を連れて駆け落ち同然でもいいとさえ思った。
 紫織と別れることなど想像もできなかったから。

 あの時はただ紫織の両親が、老舗呉服屋のひとり娘の結婚に厳しいだけだと思っていた。

『藤乃屋』の店のほうに電話をかけて、夫人宛に名前を告げ電話番号を伝え連絡がほしいという言付けを頼んだ。間もなくかかってきた電話で呼び出されたのは、路地裏の小さな喫茶店。

 現れたのは紫織によく似た、和装の美しい女性だった。

『お願いします。なんだってします、だからどうか』
『紫織には縁談があるの』

『縁談?』
『そうよ? 藤乃屋のような呉服店を続けるというのは大変なことなのよ? あなたは、百年以上の歴史がある藤乃屋を潰すつもり? そういうわけにはいかないわ。紫織はひとり娘なのよ?』
 最初はそういう説明だった。

『働きながら、経営の勉強もします! 考えつくことは全てさせていただきます。だから』

 ただ頼むだけの宗一郎に、藤村夫人は、うんざりしたようなため息をついた。

『あなたは兄なのよ。紫織とあなたは兄妹なの』

 信じられなかった。

『あなたのお母さん、鏡原美咲さんと最後に会ったのも、この店だったわ。あなたが二十歳になった年よ』

 別れさせるためなら、そんな酷い嘘までつくのかと、最初は思った。

『信じられないなら、お母さまに聞いてご覧なさい。あなたが二十歳になるまでの約束で、藤村から毎月養育費が振込まれているわ。認知することだけは認めるわけにはいかなかったけれどね。恥ずかしい話だけれど藤乃屋はいま、瀕死の状態なの。だからといってこれまでの養育費を返せとは言わないわ。それは義務だから気にしないでちょうだい。
 でもこれでわかったでしょう? 紫織のことは忘れて。紫織は知らないの、母親の違う兄妹がいるなんてね。それがまさか……。こんなことを知ったらあの子がどんなに傷つくか』

 もっと早く知っていればと、辛そうに額に手を当てた夫人を、奇妙なものでも見るように呆然と見つめていた。

 そんな奇想天外な話を信じろと言われても、理解することなんてできなかった。

『私には絶対にあの子には言えない……。お願いよ、二度とあの子の前に現れないと約束してちょうだい』

『本当、なんですか? いまの話は――』

『本当よ』

 無意識のうちにテーブルに肘をつき頭を抱え込んだ。

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