どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 9

 目覚めた時、目の前にあったのは彼の逞しい胸だった。

 まるでひとときも離れようとしないように抱えて離さない彼の腕の中で、紫織は朝を迎えたのである。

 まだぐっすりと眠っている宗一郎の腕をそっとはずし、バスルームに向う。
 シャワーを浴びながら、そこかしこにつけられた紅い痣に指を這わせると、恥ずかしさとともに幸せで泣きたくなった。

「おはよう」
「宗一郎?」

 慌てて背中を向けると、そのまま抱き寄せられた。
「紫織」



 お昼休み。
 自分の席でお弁当を食べていると、スマートホンが音を立てた。
 宗一郎からだ。
『弁当美味いよ。ありがとう』

 今朝、宗一郎に朝食を出して、お弁当を詰めていると彼は俺もほしいと言った。

 お弁当のことまでは考えていなかったから、たいしたものはできなくて、作り置きで冷凍しておいた大葉でくるんだつくねと、卵焼き、いんげんの胡麻和え。ほぐした鮭をふりかけたご飯という普通のお弁当。

 うれしいと言われれば、お世辞でもやっぱりうれしい。

『よかった』

 すぐに返ってきた返事。
『明日も作って』

 ――しょうがないなぁ。
 クスッと笑いながら『わかった』と返事を送る。

『今夜、レストランで食事をしよう。お弁当のお礼に、予約した』
 ――ええ?
 返事を聞く前に予約しちゃったの?

 まったくもぅーと咥内で文句を言いながら、ため息をつく。

 スイッチが入ったように、彼はぐいぐいと攻めてくる。まるで箍が外れたように止められない勢いだ。
 それがなんだかちょっと怖くもあった。

「あれぇ?」
 振り返ると光琉がいた。

 光琉はちょっと屈んでお弁当を覗き込み、耳元でコソコソと囁く。
「紫織さんのお弁当。誰かさんのと同じだぞぉ」
 
「えっ」
「大丈夫ですよぉ」と人差し指を口元に当てた華は、どこからか持ってきた椅子を広げてちょこんと座った。

「ご一緒しても、いいですかぁ? って、もう座っちゃったけど」
 上司と同じで秘書も強引モードに入っているらしい。
 紫織は「どうぞ」と笑った。

「光琉ちゃんもいつもお弁当?」

「はい。お弁当っていっても、玄米おにぎりですけどねぇ」
 聞けば玄米ご飯にちりめんじゃこと梅干しと若芽が混ぜてあるという、美味しそうなおにぎりだ。

「お昼も電話があったりするから、お留守番で社内にいるようにしているんですよ」

「そうかぁ。秘書も大変ね」

「そんなことないですよぉ。でも、良かった。この前も言いましたけど、私、ずっと心配だったんです。社長は食事に無頓着で。うっかりすると食べなかったりするし。このままじゃ体を壊しちゃうんじゃないかと思って」

「そうだったの……」

「コーヒーと、非常食みたいなチョコバーだけとか。それだって私が箱買いして渡したからで。なんだかまるで自分をいじめるみたいに見えたんです」
 光琉はそう言った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品