どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第九章 社長の秘密 7

「え? あ、私は、いないわ。誤解されたくない人も」

「じゃあ、社長とふたりになっても大丈夫ですね? あ、社長ならセクハラするような人じゃないから大丈夫ですよ?」

「ち、違うのよ。光琉ちゃん、私ね、この前エレベーターの中で社長に物凄く失礼なことを言ってしまったの」

「ん? どんなことですかぁ?」

 紫織は事情を説明した。
 女子ロッカー室で、社長にはマンション毎に愛人がいるという噂を聞いたこと。
「エレベーターで、自宅マンションの話になってね、良かったらマンションを貸そうかって言ってくださったのに」

 ケラケラと光琉が笑う。

「陽子さんの話を本気にしちゃだめですよぉ。陽子さんのこと、私は『妄想の女王さま』って呼んでいるんですけどね。陽子さんが言う男女の話は全部ただの妄想ですから」

「妄想の、女王……」

「そうですよ。よっし!決まり〜。じゃあ、お願いしまーす。社長と、ちゃんと仲直りしてくださいね」

「え、いや、それは」

「実はここだけの話。ちょっといま社長に近づきたくない理由があるんです。紫織さんは口が堅そうだから言うんですけど、いいですか? 内緒ですよ」

「え? あ、うん」
「社長、ジーーッと名刺入れを見つめていたんです。切なそうーに背中に哀愁を漂わせながら」

「――名刺入れ?」

「はい。もしかすると名刺入れじゃなくて小銭入れかなぁ? ちょうどそれくらいの大きさの、和風の物なんですけれど。さっきね、社長の扉が少し開いていて見えたんですよ。デスクに腰をかけて、こんな風にその名刺入れを手に持って。なんだかものすごく辛そうで」

 身振り手振りを交えながら、光琉は大げさなほどため息をついた。
「どうしよう何かあったら」

「――え? な、なにかって?」

「だから紫織さん、コーヒーでも届けて様子を見てきてくださいよ。ね?」

「え? あ、あの光琉ちゃん?」

「室井さんの分もコーヒー持っていきますから〜。社長はアメリカンのブラックでーす」

 いつの間にか手にしたコーヒーを掲げるようにして光琉は小走りに立ち去った。

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