どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第九章 社長の秘密 5

 ――お腹が冷えちゃった。

 ひざ掛けを取りに自分の席に行った光琉は、社長室の扉が少し開いていて明かりが漏れていることに気づいた。

「あれ?」
 鏡原社長は今日の飲み会は欠席すると言っていた。
 でも、欠席の理由は仕事ではなく、用事があると言っていたのである。
 その社長が社内にいるとは思っていなかったので、不思議に思った光琉は隙間からそっと覗いた。

 鏡原社長は何かを手にして佇んでいる。
 声を掛けようかと迷ったが、なんとなく憚れた。

 社長が手にしていたもの。
 ――あ。あれは、あの名刺入れ?

 彼は時々あんな風にして名刺入れを見つめている。
 光琉はそのことに気づいていた。

 革と織物で出来た名刺入れ。
 彼はその名刺入れを使うわけではなく、大切そうに机の中にしまっている。

 光琉が入社して一年が経ったころ、偶然見かけたことがあった。

 彼はいまのように、ぼんやりと名刺入れを見つめていた。
 その横顔はなんとも哀しそうで、辛そうで、見ている光琉の心をも悲哀の沼に引きずるような、そんな雰囲気を漂わせていた。

 いつだって力強く精力的に仕事をこなしていく彼からは想像もできないその姿に、光琉の目は釘付けになった。

 その時以来、ずっと気になっている。

 ――名刺入れに隠された、社長の想い。
 誰か大切な人の形見? もしくは、強い想い出の証し。

 詮索するのは好きではないので、名刺入れのことについて聞いたことはない。

 でも、ふと気づいた。
 最近になって、彼が名刺入れを見る回数は、あきらかに増えている。

 ここ最近で変わったことといえばひとつしかない。
 季節外れの新入社員。
 彼女がここ『SSg』にやってきた。

 その想像が確信に変わったのは、創立記念パーティ。
 あの日、会場に美しい着物姿の彼女が現れた時、彼はハッとしたように目を見開いて彼女を見た。
 彼はそのあとすぐに目を逸らしたが、光琉はその瞬間を見逃さなかったのである。
 あの瞬間はわからなかったが、あのあとすぐ、彼女を見つめる瞳の光りの違いをしっかりと見つけた。

 考えてみれば心あたりは山ほどある。
 通常なら必ず出席する歓迎会に何故か欠席。突然制服を支給すると言い出した理由も彼女。ものすごく気にしているくせに避けている。エレベーターで彼女となにやら揉めていたらしいこと。

 そして何よりの証拠が、あの御曹司キラーだ。
 彼女の名前は『しおり』だった。
 紫織としおり。そして彼女はどことなく、藤村紫織に似ていた。よく見れば全然違うが、少なくとも第一印象ではそう感じるものがあった。

 そもそもあんな女に社長がひっかかるなんて、絶対おかしい。あんなこれみよがしな女にまんまと騙される彼じゃない。あの手の子ならキャバクラに山盛りいた。

 でもあの女の子に藤村紫織の面影を探していたなら話は別だ。それならわかるというよりも、それ以外の理由が浮かばない。

 どれもこれも偶然なはずはない。

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