どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第八章 どうにもならない社長の事情 8

「はい」

『紫織、引っ越ししたのね。ハガキが届いたわ』
「うん。急だったからね、ちょうど電話しようと思ってた」

『ねぇ、紫織いつまで東京にいるつもりなの? あのね、紫織にお見合いの話があって、今回は本当にいいお話で』
「お母さん、お見合いはしないって言ったでしょ」

『あ……、ごめんね紫織、わかったわ……。お見合いはいい、ごめんね』

 京都に行ってから、紫織の母は変わった。
 人はそう簡単に変わらないというが、何もかも無くして絶望の淵に立った時に、母は変わることが出来た。

 掃除機も洗濯機も料理も、家事は家政婦がやるものだと信じ、人に頭を下げることもできなかった母も、今はご近所の人たちに自分から挨拶をして、家事も自分でしている。
 手とり足取り母に教えたのは紫織だ。

 自信を失いめっきり弱くなったが、それでも時間の経過と共に少しずつ明るく元気になり、今はこうして落ち着いて話をすることもできる。

「お母さん、お父さんは元気?風邪ひいてない?」

『うん。大丈夫よ。紫織は元気?』
「うん、元気よ。ねぇお母さん、もし、お見合いの話しないでくれるんだったら、お盆にゆっくり帰ろうかな」

 母はもちろん喜んだ。
『いらっしゃい!いらっしゃい! お見合いは、今夜のうちに断るわ』
 そう言って、声を弾ませた。

 電話を切った紫織は、潮時なのかもしれないと思った。

 新品のものに包まれたこの部屋は、素敵だ。日当たりも良くてセキュリティもしっかりしていて、家具もなにもかも綺麗で、もちろんなんの不満もない。

 まるで『SSg』のようだと思う。

 どんなに素敵でも。
 ――いまの私には、似合わない。

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