どうにもならない社長の秘密
第八章 どうにもならない社長の事情 3
「社長?」
「――あぁ。いや、いいんだごめん。それで、何がわからないって?」
「え? あ、はい。どうしても消えないバグがあって」
「わかった―― 見せて」
再びチラリと宗一郎はエレベーターを見たが、固く閉じた扉が開くことはなかった。
このままでは紫織は本当に会社を辞める。
彼女のためにも自分のためにもそのほうがいいに違いない。
でもやはり、このままではいけないと思うのだ。
何かが間違っている。
それが何かはわからないが、こんな風に傷つけあって二度目の別れを迎えてはいけないのは確かなのだ。
その日の夜――。八時過ぎ。
宗一郎は紫織が住むマンションに向かった。
履歴書を手にここであることを確認した彼は、車の中からマンションを見上げた。
彼がいるのはマンション脇の路上。
来てどうするという明確な結論があるわけじゃない。それでも居ても立っても居られない気持ちのままここへ来た。
駐車している車の中で、唇を噛みながらフロントガラス越しに見つめるマンションの入り口。
紫織は定時で会社を出ているのだから、とっくに帰っているだろう。
彼が待っているのは紫織ではなかった。
紫織のルームメイトの美由紀である。
そのまま瞬きをすることも忘れ、指先で時間を計るようにしてハンドルを叩く。
待つ時間は長く感じるものである。
時計を確認しても、ほんの数分しか経っていないことにため息をつき、首を伸ばして、マンションの部屋を見上げてみた。
紫織がいるであろう階数はわかっても、それがどの部屋なのかはわからない。
自分でも、馬鹿なことをしているとわかっている。
あんなに酷い言葉を送っておいて、今更なにを言っているのだと自分でも呆れてくる。言えば言うほど嫌われて、罵られることもわかっている。たとえ殴られても構わない。
そんなことはもう、どうでもいいのだ。
どんな形であれ紫織を助けたい。
せめて。
せめてもの償いに。
――紫織、七年は長いな。
それだけの時を経て目の前に現れたお前は、女の子という殻から脱皮したように、微かな憂いを帯びた美しい女性になっていた。
心が震えたよ。
泣きたくなった。
本当に知らなかったんだ。あの日お前が現れるまで、俺は『花マル商事』から来るのが紫織だとは、知らなかった。
もう二度と会うことは許されないというのに。こんな形で会ってしまって、どうしたらいいのかと愕然としたんだ。
あの日、動揺を隠すことに必死で、ずっと履歴書を見つめた。
懐かしい紫織の書く、綺麗な字。
二度と触れてはいけない指先。
俺にはもう許されない。
七年前のあの日、紫織がわざと傷つくような言い方をしたように、紫織を突き放さなければならないと思った。
できれば辞めてほしいと。
――頼むから。お願いだから。
俺が会社を離れることはできない。紫織から離れてもらうしか。
それであんなことを。
「ごめんな……。ごめんな、紫織」
詰まりそうな喉をゴクリと鳴らし、思いあらためて見つめた入口に美由紀の姿が見えた。
「美由紀!」
「――あぁ。いや、いいんだごめん。それで、何がわからないって?」
「え? あ、はい。どうしても消えないバグがあって」
「わかった―― 見せて」
再びチラリと宗一郎はエレベーターを見たが、固く閉じた扉が開くことはなかった。
このままでは紫織は本当に会社を辞める。
彼女のためにも自分のためにもそのほうがいいに違いない。
でもやはり、このままではいけないと思うのだ。
何かが間違っている。
それが何かはわからないが、こんな風に傷つけあって二度目の別れを迎えてはいけないのは確かなのだ。
その日の夜――。八時過ぎ。
宗一郎は紫織が住むマンションに向かった。
履歴書を手にここであることを確認した彼は、車の中からマンションを見上げた。
彼がいるのはマンション脇の路上。
来てどうするという明確な結論があるわけじゃない。それでも居ても立っても居られない気持ちのままここへ来た。
駐車している車の中で、唇を噛みながらフロントガラス越しに見つめるマンションの入り口。
紫織は定時で会社を出ているのだから、とっくに帰っているだろう。
彼が待っているのは紫織ではなかった。
紫織のルームメイトの美由紀である。
そのまま瞬きをすることも忘れ、指先で時間を計るようにしてハンドルを叩く。
待つ時間は長く感じるものである。
時計を確認しても、ほんの数分しか経っていないことにため息をつき、首を伸ばして、マンションの部屋を見上げてみた。
紫織がいるであろう階数はわかっても、それがどの部屋なのかはわからない。
自分でも、馬鹿なことをしているとわかっている。
あんなに酷い言葉を送っておいて、今更なにを言っているのだと自分でも呆れてくる。言えば言うほど嫌われて、罵られることもわかっている。たとえ殴られても構わない。
そんなことはもう、どうでもいいのだ。
どんな形であれ紫織を助けたい。
せめて。
せめてもの償いに。
――紫織、七年は長いな。
それだけの時を経て目の前に現れたお前は、女の子という殻から脱皮したように、微かな憂いを帯びた美しい女性になっていた。
心が震えたよ。
泣きたくなった。
本当に知らなかったんだ。あの日お前が現れるまで、俺は『花マル商事』から来るのが紫織だとは、知らなかった。
もう二度と会うことは許されないというのに。こんな形で会ってしまって、どうしたらいいのかと愕然としたんだ。
あの日、動揺を隠すことに必死で、ずっと履歴書を見つめた。
懐かしい紫織の書く、綺麗な字。
二度と触れてはいけない指先。
俺にはもう許されない。
七年前のあの日、紫織がわざと傷つくような言い方をしたように、紫織を突き放さなければならないと思った。
できれば辞めてほしいと。
――頼むから。お願いだから。
俺が会社を離れることはできない。紫織から離れてもらうしか。
それであんなことを。
「ごめんな……。ごめんな、紫織」
詰まりそうな喉をゴクリと鳴らし、思いあらためて見つめた入口に美由紀の姿が見えた。
「美由紀!」
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