どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第七章 決別チョコレート 5

 ――え? 今日?
 月曜から飲みに行くのか?

 そう考えて一瞬怯んだが、飛んで火に入る夏の虫とはこのことかもしれないと思った。

「ああ、いいですねー」

 ふたりが入ったのは『SSg』からほど近い焼き鳥屋。
 軽くビールで喉を潤しながら、他愛もない世間話に花を咲かせた。

 仕事に関係することだけでも、話題には事欠かない。若い社長からすれば室井から学ぶことは多かったし、仕事の内容となれば逆に室井が彼から教わることが多い。

 そうこうするうち、やがて話はプライベートな話になった。
「室井さんは、結婚の予定とかないんですか?」

「まぁ今のところはね。独りも慣れ過ぎると、これはこれで楽だから」

 室井は伏し目がちにクスッと笑った。
「藤村がね、誰ももらってくれなかったら嫁にもらってくれって言うんですよ」

 この言葉を彼はどんな顔をして聞いているのかはわからない。
 指先で持ったグラスをゆらゆらと回しながら、さあどうする?青年よ。といたずらっこのように心でクスリと笑った

「あいつ美人でしょ? 気持ちも優しいし結構モテるんですよ。なのに誰かに義理立てしているのかなぁ、『私は、恋はしないことに決めたんです』とか言って、片っ端から誘いを断って。それでも時々寂しくなるんでしょうねぇ。先週ふいにそんなことを言ってました」

 ちらりと彼を見ると、視線を落としている彼の喉仏が、息苦しそうに上下に動く。

「一体何があったのかわかりませんが、なんだかいじらしくてねぇ。そのまま四十にでもなったら、その時は嫁にしてやるよって言ったんですよ。その時、俺はもう五十だけど」

「あの、失礼ですが、おふたりはどういう……」

「あ、もしかして疑っています? そういや総務の陽子さんにもしつこく聞かれたなぁ、付き合ってるんじゃないかって。何もないですよ。こう見えて俺も女には不自由していないし、結婚はしてないけど通ってる女はいるんです」

「そうなんですか」

「社長は? どうなんですか? 結婚とか考えていないんですか?」

 やがて彼は、重たそうにゆっくりと口を開いた。

「昔ね、すごく好きな子がいたんです」
 そう言ってグラスに視線を落とした。

「幸せで大好きで、彼女との未来しか考えていなかった……。若かったんですよ」

「何言っているんですか、今だって十分若いでしょうに」

「もう何年も前のことです。恋愛はそれきりですね、今は仕事が忙しくてそれどころじゃありませんし」

 そのまま唇を閉じてしまった彼を促すように、室井は重ねて聞いた。
「その女の子とは、その後、どうしたんですか?」

「別れてしまいました。今でも時々考えるんです。あの時どうしていたらよかったんだろうってね」

「それで。――答えは出たんですか?」

「いえ……。今はただ、自分の不甲斐なさに憤りながら、彼女の幸せを願うだけです」

「どうにもならない社長の秘密」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く