どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第七章 決別チョコレート 1

 そして迎えた週末、金曜日の夜。
 紫織は、とある居酒屋の前で立ち止まった。

 店の前には貸し切りという紙が貼られているここで、今日は懐かしい面々と会うことになっている。

「ここね」
 のれんを潜りガラガラと扉を開けると、「いらっしゃいませ!」という威勢のいい声に紛れて、「紫織」と声がかかる。

「あー!小林さん! 佐藤さんも」

 みな『花マル商事』の元社員たちだ。
 こうしてみんなで会うのは一年ぶりかもしれない。賑わう一番奥の席で、紫織に手を振っているのは、笑顔の森田社長だった。

 廃業の手続きやら後始末を全て済ませた森田社長が、いよいよ田舎に引っ越すことになった。
 それならばと室井がみんなに声をかけて、急遽、快気祝いと送別会をすることになったのである。

 見れば、紫織が入社した頃の社員は全員いるようだ。
 急な誘いにこれだけの人が集まったことがうれしいし、それだけ森田社長は皆に慕われていたということなのだろう。

「さあさあ、紫織ちゃんは社長の隣へ行って」
「いいんですか」
「もちろんだよ。会社の最後を見届けてくれたんだから」

 皆に促されるようにして、紫織は森田社長の隣に座った。その隣には室井もいる。
「紫織。元気か?」
「はい! 社長、元気そうでよかった」

「急で悪かったな」
「いえいえ、とんでもないです」
森田社長はすっかり体調も回復したようで、顔色も良い。

「もう、大丈夫なんですか?」
「ああ、おかげさまでな。どうだ? 紫織。新しいところは、すごいだろ?」

「はい! もう何もかもがビックリですよぉー。でも、私は花マル商事が懐かしいし、あの頃のほうが良かったなぁ」
「アハハ、うれしいことを言ってくれるなぁ。お前は器用じゃないから心配していたんだ。少しは慣れたか?」

「大丈夫だよなぁ? コーヒーもブラックが飲めるようになったし」
 紫織に代わって室井がそう答えた。
 紫織が甘いミルク入りのコーヒーしか飲めないことは、よくからかいのネタになっていたのである。
「ほぉ、大人になったなぁ」
「はい。おかげさまで」

 森田社長の笑顔につられたように、紫織もうれしそうに笑う。
 元から陽気な人たちに囲まれて、こんなに心から笑ったのはいつ以来だろうと思うくらい笑った。

 二次会のカラオケも楽しかった。
 まるで一番楽しかった頃の賑やかな『花マル商事』の飲み会のようだった。おどける営業マンと経理のおばちゃんとのデュエット。社長おとくいのものまねソング。ゲラゲラとお腹を抱えて笑い、涙を流してまた笑った。

 楽しい時間はどうしてこうも早く過ぎてしまうのだろう。
 悲しいほど時が経つのは早く、十時半でおひらきになり、三次会は、森田社長と室井と紫織の三人になった。

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