どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第六章 くすんでいく想い出 5

 ――光琉ちゃんとのことだってそうよ。

 もしかしたら彼らは本当に付き合っていて、彼女が本命ということだって十分にありえる。

「あれ? 帰ったんじゃないのか?」

「あ。はい。スマートホンを忘れちゃって」

「どうした? なにかあったのか?」

「え?」

「なんだか、すごく怒ってるみたいだぞ?」
 室井が自分の眉間に指をあてる。

「あ、あはは。いえいえ、嫌なこと思い出しちゃって、なんでもないです」
 慌てて眉間を撫でた。

「じゃ、お先に失礼しまーす」
「はい、お疲れ」

 サイテー男のせいで、最近は気がつくと眉間に皺が寄ってしまう。
 イライラはつのるし、ストレスは溜まる一方だ。

 やっぱり真剣に転職考えないと、自分が駄目になってしまいそう。

 そう思いながらエレベーターを待っていると、チン と扉が開いた。

 ――うっ!

 エレベーターに乗っているのはよりによって彼ひとり。
 宗一郎あらため鏡原社長と目が合った。

 こんな女ったらしと同じ空気は吸いたくない。そうは思うが、乗らないでやり過ごすのもなんだか悔しいし、ちょっとおとなげない。

 結局紫織は、ツンと澄ましてエレベーターに乗った。

 すると。
「マンション、美由紀と住んでるだってな」
 何気なさそうに宗一郎がそう言った。

 ――ちょっと。このピリピリとした空気が読めないの?
 室井課長でさえ怒ってることに気づいたのよ?
 まったくもう話しかけないで!
 
 咥内でぶつぶつと文句を言ってから、紫織はムッとして答えた。

「そうですが、なにか」

「……部屋、貸してやろうか? ――空いているマンションがあるから」

 ――マンションですって?
 冗談じゃない!
 例えタダでもそんなところを借りたりしたら、陽子さんに愛人認定されてしまうじゃないか!
 バカバカしい。

「大丈夫です。制服を支給していただいただけで、十分です」

「でも、潰れそうなマンションにいるんだろ?」

 ――え? 潰れそう?
 そう言われて、プチッと紫織の中の何かの糸が切れた。

「はぁ? 潰れそうで悪い?! バカにしないで!」

「ちょ……。な、なに」
 スッと宗一郎の手が伸びた。
「触らないでよ! 気持ち悪い!!」
「なに? なんなんだ、その言い草は! 触ってないだろ? 痴漢じゃねぇぞ俺は!」

「私が手をはらわなければ触ったじゃない! それに痴漢とどこが違うのよ キャバ嬢を囲ったり。あっちこっちに手を出して不潔なことには変わりないでしょ! 社長だからって二度と私に声を掛けないでください!」

「――お前。いい加減にしろよ?光琉のこと言っているのかもしれないが、あいつは精一杯生きているんだ」

「あー。そうですか、そうですか。私も精一杯生きているんですよ。別に、社長さんには関係ないですけどね!」

 チン
 開いた扉の前にはエレベーターを待つ社員が数人いた。

 只ならぬ気配を感じたのか、彼らは少し驚いたような顔をしていたが、紫織は見向きもせず急ぎ足でその間を通り過ぎ、そのまま走って会社を出た。

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