どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第六章 くすんでいく想い出 4

 次の日の帰り際。女子更衣室で制服の試着をしていると、総務の陽子さんがまた鏡原社長の噂話をはじめた。
 聞きたくはないが、紫織に向って話を初めるので、仕方なく聞いていた。

「それでね、鏡原社長ってマンションを沢山持っているみたいなのよ。最低でも五か所。もっとあると思うわ」

「ええ? そんなにどうするんですか?」

「噂だとね、それぞれのマンションに別の女を住まわせているらしいわ」

「それって、付き合っている女性たちってことですか?」

「そうよ。紫織ちゃんが目撃した社長を殴った子。あの子もきっとそうよ。あの調子じゃ社長って独身主義者なのかもしれないわね。女に困らないしお金はあるし。ほら、たまにいるじゃない?そういうお金持ち。子供は認知するけど結婚はしないって人。社長もきっとそうよ。全然結婚する気はないって話だし」
 自分の言葉に納得するように、陽子さんは、したり顔で頷く。

「そうだとしたら、社長ってサイテーですね。私なら自分が男でも、生涯たった一人の女性を愛して大切にします」

「あらまぁ、紫織ちゃんたらロマンチストね、結婚してみるとそんな甘い話は夢と散るわよ」

 既婚者ならではの発言に、紫織も返しようがない。

「そんなぁ」

「夫婦なんて現実と向き合うだけだもの。その点ずっと恋人同士なら会いたい時だけ会えばいいんだもの。まぁ言ってみれば夢の中にいるようなものね」

「そんなもんでしょうか」
「そんなものよ。まぁ何にせよ鏡原社長はいいわぁ。私がもう少し若くて独身なら愛人のひとりにしてもらいたいわねぇ。いいじゃないのそのほうが、間違いなく愛情は冷めないわ」

 陽子さんの話は、それはそれでわからなくもない。でも恋愛というのはそんな都合のいいものじゃなくて誠実であるべきだと思う。
 現実を知って破れるなんてそんなの恋じゃない。
 ただの好みの押し付けと我侭じゃないか。

 そう思いながら、更衣室を出た紫織は憮然と眉をひそめた。
 ――とにかくガッカリだわ。
 聞けば聞くほどガッカリ。

 創立記念パーティで挨拶をする彼の姿に、複雑な思いをせずにはいられなかった。
 あの瞬間は、ひとりの男性として確実に成長している元恋人に心から感動した。

 誠実に、真面目に仕事をしてきたからだと思えばこそ、『すごいね。宗一郎、えらいね』と、心からの賞賛を惜しまなかった。

 自分への冷たい仕打ちは仕方ないとわかっている。
 終わった恋なのだから。

 でも、複数の女性を渡り歩くとはどういうことだろう?

 陽子さんの話が全て事実ではないとしても、、例の彼を殴った女の子のような愛人が少なくとも数人いるのだろう。夜の街を女性とふたりで歩いている目撃情報も実際あるのだから、単なる噂とは思えない。

 聞けば聞くほど宗一郎の私生活は乱れに乱れた、紳士とは程遠いサイテーな男に成り下がっている。

 ――サイテー。

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