どうにもならない社長の秘密
第六章 くすんでいく想い出 1
週明けの月曜日、夜八時過ぎ。
許可がない限り残業は出来ないことになっている社内は、人影もまばらだった。
ポツリポツリとスポットライトのように照らされた照明の下に、紫織の上司である室井がいる。
「お疲れさまです」
ふらりと顔を見せたのは鏡原社長だった。
彼は社員たちが無理をしていないか、常に気にかけている。
大学卒業後、彼が入社した会社は結構なブラック企業で、残業はして当たり前、体を壊して一人前というくらいの酷い環境だった。
倒れてゆく同僚たちを見ながら起業を決意したこともあってか、決して仕事量が本人のキャパシティを超えることがないよう気を配ることに余念がない。
自分のことには無頓着であるのに、社員の健康を心配するのは自分の責任であると思っているらしい。
入社間もない室井のことは特に気になるのか、残業していると必ずと言っていいほど声をかけられた。
「お疲れさまです。社長ちょうどよかった。T社の見積もりのことでちょっと相談があったんですよ」
ちらりと紫織の席を見た彼は、紫織の席から椅子を引き、そこに座る。
それは別に特別なことではない。人の少ないこの時間。話が長くなりそうな時はそんな風に近くの椅子に座るのは、彼に限らずごく普通のことだ。
仕事の話をひと通りしたところで立ち上がった彼は、椅子を戻しながら紫織のデスクの上に目を落とした。
そして何かをジッと見つめて手に取った。
「ああ、それは」
室井が思わず苦笑する。
彼が手に取ったのはワープロソフトのハウツー本だった。しかもでかでかと初級と書いてある。
「藤村は実はパソコンの作業が苦手なんですよ。色々買ってきて勉強しながらやってます。バージョンが変わると結構仕様が変わるじゃないですか。その度にため息つきながら買い替えるんですよ」
なにを思ったか、彼は薄く口元を歪めた。
「それじゃあ、ここの仕事はきついでしょうね」
「いえいえ、いま時どこに行ったってパソコン作業のない事務職なんてないですからね。ここのことはいつも褒めていますよ」
「褒めているんですか?」
「ええ? そうですよ。喫茶コーナーが素晴らしいとか、社屋はこの通り綺麗だし、こんなに素敵な席が自分の席だと思うと毎日来るのが楽しいって言ってますよ」
「――へえ」
その返事がなんだか意外そうに聞こえて、室井首を傾げた。
許可がない限り残業は出来ないことになっている社内は、人影もまばらだった。
ポツリポツリとスポットライトのように照らされた照明の下に、紫織の上司である室井がいる。
「お疲れさまです」
ふらりと顔を見せたのは鏡原社長だった。
彼は社員たちが無理をしていないか、常に気にかけている。
大学卒業後、彼が入社した会社は結構なブラック企業で、残業はして当たり前、体を壊して一人前というくらいの酷い環境だった。
倒れてゆく同僚たちを見ながら起業を決意したこともあってか、決して仕事量が本人のキャパシティを超えることがないよう気を配ることに余念がない。
自分のことには無頓着であるのに、社員の健康を心配するのは自分の責任であると思っているらしい。
入社間もない室井のことは特に気になるのか、残業していると必ずと言っていいほど声をかけられた。
「お疲れさまです。社長ちょうどよかった。T社の見積もりのことでちょっと相談があったんですよ」
ちらりと紫織の席を見た彼は、紫織の席から椅子を引き、そこに座る。
それは別に特別なことではない。人の少ないこの時間。話が長くなりそうな時はそんな風に近くの椅子に座るのは、彼に限らずごく普通のことだ。
仕事の話をひと通りしたところで立ち上がった彼は、椅子を戻しながら紫織のデスクの上に目を落とした。
そして何かをジッと見つめて手に取った。
「ああ、それは」
室井が思わず苦笑する。
彼が手に取ったのはワープロソフトのハウツー本だった。しかもでかでかと初級と書いてある。
「藤村は実はパソコンの作業が苦手なんですよ。色々買ってきて勉強しながらやってます。バージョンが変わると結構仕様が変わるじゃないですか。その度にため息つきながら買い替えるんですよ」
なにを思ったか、彼は薄く口元を歪めた。
「それじゃあ、ここの仕事はきついでしょうね」
「いえいえ、いま時どこに行ったってパソコン作業のない事務職なんてないですからね。ここのことはいつも褒めていますよ」
「褒めているんですか?」
「ええ? そうですよ。喫茶コーナーが素晴らしいとか、社屋はこの通り綺麗だし、こんなに素敵な席が自分の席だと思うと毎日来るのが楽しいって言ってますよ」
「――へえ」
その返事がなんだか意外そうに聞こえて、室井首を傾げた。
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