どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第五章 幸せを願うということ 10

 紫織は知らないが、彼は紫織をとても気にかけている。

 室井が残業していると、彼は時々フラリと現れて少し話をしたりする。
 そしてその時、仕事の話のついでという風ではあるが、紫織を気にかけている様子が見てとれるのだ。

『藤村さんはひとり暮らしなんですか?』
『え? いや彼女は友人とシェアしてるらしいですよ』

『シェア、ですか? 家族とじゃなくて?』
『あ――。藤村の家族は京都のほうにいるんですよ』

『京都?』
『どうかしました?』

『あ、いえ、女性の独り暮らしは大変だろうなぁ、ってね』
 などと話をしたもの、夕べのことだ。

 鏡原社長と会話には必ずと言っていいほど、紫織の話が出てくる。給料が少なくないかという心配までしていたこともあった。

 少なくとも彼には、紫織に嫌われる要素がないと思うのだ。

 人を嫌うのに、はっきりとした理由があるとは限らないのかもしれない。

 ――でもなぁ。本当にいい奴だと思うんだけどなぁ。


 そんなこんなでパーティは終わり――。


「紫織、タクシー一緒に乗って行くか?」
「あ、はいお願いします」

 ロビーで室井と紫織がそんな話をしていると、そこに「藤村さん、送りますよ、同じ方向だし」と荻野が現れた。

「え?」

「お、良かったなぁ紫織、送ってもらえ」

「あ、えっと……。でも、申し訳ないですし」

 またさっきのように楽しい話を聞けるかもしれない。そう思うと胸がワクワクしたが、紫織には手放しでは喜べない事情もある。
 なにしろ彼は副社長。宗一郎の右腕だ。
 荻野副社長と親しくなればなるほど宗一郎への距離は近くなるということなので、関わらないに越したことはないだろう。

 とはいえ、そんな紫織の胸の内など彼は知る由もない。

「大丈夫、大丈夫。アルコールは一滴もとっていないし、安心してください」

 そこまで言われては断れなかった。

「――では、遠慮なく、すみません」

「とんでもない。美人を送れるなんて光栄ですよ」

「あはは、今日は沢山褒めてくださるんですね。ありがとうございます」

それでもやはり気になった。

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