どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第五章 幸せを願うということ 8

「あはは、冗談ですよ。でももう大丈夫です。僕が藤村さんとずっと一緒にいるようにしますから」

「じゃ安心だな。紫織、副社長から離れるんじゃないぞ」

「はーい」

 正直言うとショックだったのは宗一郎のことだけじゃなかった。

 こんなに沢山人がいるのに、絡まれていることを誰も気づいてくれなかった。
 誰も助けてもくれなかったこともだが、気づいてさえもらえなかったというのは、それだけでも結構悲しいものである。

 でも救われた。
 ふたりのいまのやり取りは、紫織の寂しさをきれいさっぱり消し去ってくれるようだった。

 もしかすると自分が思った以上に傷ついていたのかもしえない。
 うれしくて、ちょっと泣きそうになった。
 いや、ちょっとなんてものじゃない。もしここがパーティ会場じゃなければ、この場に崩れ落ちて泣き出してしまったかもしれない。

 紫織はそんなことを思いながら、涙をこらえた。

「着物いいねぇ。すっごく素敵だよ」
「あ、あはは。ありがとうございます」

「やっぱり日本人なんだなぁって、藤村さんの姿を見て血が騒ぎました」

「血、ですか」

「そうドックドクと暴れます」

クスクスと笑い合った。
――副社長っておもしろい。

「副社長もスーツ姿、とっても素敵ですよ」

「そう? ありがとう。普段からスーツに袖を通さない理由はね、こういう時のためなんだよねー」

 次から次へと言うことが面白くて、紫織はアハハと笑い続けた。このままずっと楽しい話を聞いていたいと思ったのに、彼はやはり忙しいらしい。
「副社長、すみません、ちょっとよろしいですか? ご紹介したい方が」と、他の社員に呼ばれてしまった。

「では室井さん、僕の代わりにボディガードよろしくお願いします」
「了解しました」

 ひらひらと手を振って笑顔を残し、荻野副社長はクルリと背を向けた。

「おもしろいですね。副社長」
「ああ。あの調子だから、彼はどこに行ってもモテモテだ」

「でしょうね。あ、そうそう。課長も素敵ですよ」
「なんだその取ってつけたような誉め言葉は。さっきも同じこと言っただろ」
「あはは。そうでしたね」
クスクス笑ううちに、本当に心が軽くなっていた。

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