どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第五章 幸せを願うということ 2

「そうなんですね」

 紫織には、手放さずに大切に持っている着物が数枚ある。

 今日着た訪問着もその中で最も気に入っている一枚で、亡き祖母が紫織の為に名のある作家に頼んで作ってもらったという友禅だ。

 着物だけじゃない。西陣の帯も含めてどれほどの価値があるか、値段もつけられない一品物である。

「今日は、紫織さんの着物を見せて頂けただけで、記念日にしたいくらい」

 しみじみと紫織の着物を見つめる光琉に、紫織は紫織で感動した。
「ありがとう、光琉ちゃん! すっごくうれしい。綺麗って言われる百倍もうれしいわ」

 ここへ来るまで、この着物は人目を引いていた。
 一緒に写真を撮ってくれないかという外国人もいたし、『素敵ねぇ』と声をかけてくれた年配の女性もいた。
 人目を引くという事は、それくらい着物を着て歩いているということが珍しいということである。感動してもらえることはうれしいが、それ以上に紫織の心に寂しさを募らせた。

 時代の変化なのだから、仕方がないのかもしれないとは思う。
 紫織の実家『藤乃屋』は、その変化についていけなかった。

 珍しがられれば珍しがられるほど、その現実を嫌でも見せつけられるようで、切なくなってしまうのだ。

 ――日本の美なのに。

「紫織、見直したよ。まじで」
 光琉が立ち去って、入れ替わるようにひょっこりと顔を出したのは紫織の愛すべき上司の室井だった。

「課長も素敵ですよ」

 室井もいつもとは違う、明らかに仕立ての良いスーツを着ている。

「ほんとにそう思ってるかぁ?」
「本当ですよ。ポケットチーフとか」

 クスクス笑っていると、「それでは皆さま」と司会者の声が響いた。

 振り返ると、会場は薄暗くなりステージにスポットライトがあたる。
 設立記念パーティのメインイベント、新作ゲームの発表だ。

「うわー。課長ー。なんだかすごいですね」
 賑やかな音楽とキラキラと会場を飛び交うような光線に紫織は圧倒された。

「ああ、そうだな」と室井も微笑む。

 入社したのだからせめてと『SSg』が扱っているゲームを買ってみたりスマートホンにダウンロードしてはみたが、いまだにさっぱりわからない紫織には、異空間だった。

 こんな風に一流ホテルの広い会場で、パーティをするような会社に自分がいることが不思議な気がするし、場違い感も拭えない。
 かろうじてゲームには戦国武将ものもあるので、着物でもいいのよね? とは思ったがそれはあくまでも外見の話だ。

 みんな時代の最先端にいて、しかもこのパーティの主催者は宗一郎なのである。

 彼が変わったとか、そういう次元の話ではないような気がした。

 すでに彼とは住む世界そのものが違う。

 ――そうか。
 そういうことなのね。
 もう、世界から違うんだわ……。

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