どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第四章 変わるもの変わらないもの 12

 なんて答えたらいいのか検討もつかなかった。

「余計なことを」

 憮然として言い捨てた彼が歩き出し、クスクス笑いながら光琉が後を追う。

 ――しおり?

 よりによって自分と同じ名前の女の子をいたぶるとはどういうことなのか。

 そのしおりちゃんがプロだろうが御曹司キラーだろうが、そんなことはどうでもいい。
 実際彼は彼女に酷い事をしたから、人前で叩かれたのだろう。

 第一、彼女が御曹司キラーと呼ばれているのが本当かどうかだってわからない。
 もしかしたら彼の印象を少しでも良くしようと思う光琉のついた嘘かもしれないのだ。

「許せない」
 思わず呟いた。

 七年という月日は、紫織にはあっという間だったように思う。
 それだけ生きるために必死だったのかもしれないが、変わりたくても変われる余裕も、振り返る暇もなかった。

 でも、時間にすればやはり長い。

 どんくさい自分と違って、彼はどんどん成長し、その度に過去のことなど忘れてしまったのかもしれない。

 自分なら『ソウイチロウ』という名前の人と付き合おうなんて絶対に思わないし、そんなことなど、いままでもこれからだってできない。

 しかもその相手に酷い仕打ちをするなんて。
 ――そんなに私のことが憎いの? そんなに?

 胸の奥が苦しかった。
 彼はあれ以来、なにも言ってこない。

 あんなメッセージが度々あっても困るけれど、無ければ無いで、そんな事はもうどうでもいいと言われているような気持ちになる。

「……はぁ」
 宗一郎。あなたは想い出も何もかも、無かったことにしてしまったの?

 彼の中で、変わらなかったのはテンポドロップだけだ。

 天気の変化によって結晶が変わるという、しずくの形をしたガラスの不思議なインテリア。

 いまでも紫織の部屋にあるそれは、ふたりが付き合っていた遠い昔、宗一郎の部屋にあったものだ。

『綺麗ね』
 大きな物と小さな物があって、宗一郎は小さな物を紫織にくれた。
 ガラスを覗くたびに思った。彼もどこかで同じように見つめているのかなぁ、と。

 でも、そんなことを思ったのは自分だけだった。彼はただテンポドロップが好きなだけで、ガラスの中に想い出を重ねたわけじゃない。

 切ない気持ちを抱えながら見つめていた七年。

 紫織は唇をきつく噛んだ。

 ――私の七年を返せ! クズ男!

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