どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第四章 変わるもの変わらないもの 3

 二次会はカラオケだ。

「さあ、藤村さんも一曲どうぞ!」と、タッチパネルの目次録を渡された。

「えっ? わ、私は」

「紫織の演歌はちょっと凄いんですよ」

 ――もぉ課長! 余計なことを!

 花マルの森田社長は演歌が好きだった。
 リクエストをされて演歌を歌ったところ大ウケして、以来すっかり演歌の紫織と呼ばれていたが、それをまさか。
 このスタイリッシュでお洒落な会社でもやれと言うの!?

「えええ? 聞きたーい!」
「あっ、いや、あ、あれは」

 紫織が身につけたお稽古事の中には声楽というのもある。
 なのでカラオケが特に好きというわけでも、嫌いというわけでもなかったが、歌えばなんでもそれなりに上手い。
 自慢じゃないが『花マル商事』の忘年会では、カラオケ採点で100点を出したこともある。

「紫織! 紫織!」と容赦なく掛け声が盛り上がる。

「え? えぇぇ」

 やけくそな気分だった。
 ――よしっ! 歌ってやろうじゃないの。

 グラスに残っていたチューハイを一気に飲み干して、キュッと拳を握り、紫織は立ち上がった。

「今日はありがとうございます。では、いかせていただきます!」

 選んだ曲は、彼には絶対に聞かせたくはない、ド演歌。

 あなただけじゃない、
 私だって変わったのよ!と気合も十分に、こぶしを回しながら熱唱した。

 爆笑の渦と最高!という歓声があがる。

 ――歌いまくって吐き捨ててやる。
 宗一郎のバカヤロウ!
 何もできなくて、ただ泣いていた私じゃない。強くなったんだ!

「紫織さん凄―い!」

 アハハと笑い声が響く中で、光琉がふと拍手の手をとめた。
「あれ?」

「ん? どうした」
「今、社長がいたような気がするんですど」

 光琉はそう言いながら入り口のドアへと向かって廊下を覗いたが、誰の姿も見えなかった。

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