どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第三章 そんな偶然ならいらない 6

「はい。わかりました」

「では、よろしく」

「よろしくお願いします」

 荻野副社長は、ニッコリと微笑んでその場を離れると、そのまま近くにいた社員に声をかけ親しげに話をはじめた。

 室井も席に座り、それを見届けるようにして紫織はへなへなと、自分に宛がわれた席に腰を落とした。

 ――宗一郎が? 社長?
 衝撃が強すぎて、なにも頭に入ってこない。
 なにもかもが真新しい自分の席に、感動する余裕もない。

「紫織、緊張しすぎだろ」
 室井が呆れたように首を振る。

「え! あ、あはは。すみません……」

「まぁ、でもよかっただろう? 営業の俺の補佐ってことだから今までとそう変わらないさ」

「えぇ、そうですね。よかったです」

 とりあえずの笑顔で答えた紫織は、動揺したままパソコンの電源を入れたり文具を確認したり、形ばかり手を動かしているうちに、ふと思い出して、ファイルから雇用契約書を取り出して広げてみた。

 代表取締役社長『鏡原宗一郎』

 雇用者の欄に書かれているその文字に、紫織の視線は釘づけになる。

 別れてから七年。
 社長になって現れた元恋人は、洗練されて驚くほど大人の顔になっていた。

 ふたりが付き合っていた学生時代は、いつだって安物のジーンズを履いていて髪だってボサボサだった彼。

 ――もしかして、宗一郎は花マル商事から来るのが私だと知っていたの? その上で雇用を申し出てくれた?

 湧きあがる淡い期待に、はからずもドキドキと胸はときめく。
 すると、ポンと、軽い音がパソコンから聞こえた。

 見れば、ディスプレイの中央にポップアップメニューが表示されていた。そこには鏡原宗一郎という名前の表示と、開封というボタン。

 ドキッと飛び上がらんばかりに心臓が暴れだし、思わず紫織はキョロキョロと周りを確認した。

 ――大丈夫。課長も誰も見ていない。

 見渡しても誰からも画面が見えないことに安心して、深呼吸をした。

 そして、そっと開封ボタンを押す。

 ――えい!

『随分変わったな。
 履歴書を見るまで、誰だかわからなかったよ。
 で? 俺が社長だから、来たのか?   鏡原』

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