どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第二章 ばいばい花マル、よくできました 7

 元が文系ということもあるが、パソコン、電化製品、機械。どれもこれも、どうしても苦手なのである。

 ルーティンワークなら機械的に覚えることができるが、応用はきかない。
 文書の中に表を作ることはできたとしても、その表の形を修正するとなると、もうどうしたいいかわからない、といった具合なのだ。

 そんな自分がIT企業に就職してやっていけるのだろうか。
 ――普通に考えたら無理よね。やっぱり。
 末恐ろしいとはこのことで、正直言って紫織は憂鬱で仕方がなかった。

 萎れる紫織を振り返った室井は、クスッと笑う。
「安心しろ。新しいところにお前が慣れるまでは、俺がしっかり見届けてやるから」

「本当ですね? 絶対ですよ」

 クスクスと笑いながら、チラリと見上げた室井課長の横顔は、いつもよりも数段、頼もしく見えた。

 そんな上司を見て、紫織はふと思う。
 ――課長はいつまで独身でいるつもりなんだろう?

 室井は以前、飲み会でポツリと漏らしたことがある。
『いい女だったんだ、俺の奥さんは……』

 紫織が森田社長に聞いた話によれば、彼は将来を嘱望された大手外資系のやり手の営業マンだったらしい。

 社内恋愛の末に結婚したという愛妻家だったが、その妻は若くして病気で亡くなったという。
 それが原因だったのかどうかはわからないが、彼はその一流企業をあっさりと辞めたということだった。

 それからの彼は風のような自由人になり、数年の間、国内外あてもない旅を続けていた。
 そして今から五年前、旅先の温泉で知り会った森田社長に誘われて、花マル商事に来たということだった。

 花マル商事が倒産ではなく廃業で済んだのは、実は全て彼の手腕によるものだったというのは、紫織がひとりで社長のお見舞いに行った時に聞いた話である。

 彼は森田社長の意向に沿って、無理をすることなく少しずつ規模を小さくしていったのも、辞めていった社員たちの再就職の世話も、全てに室井が一役買っていた。
 花マル商事ビルの売却先を見つけたのも実はそうに違いないと思っている。

 紫織もなんとなくだが、そのことに気づいてはいた。

 そして気づかないふりをするのは、社長や室井に対する礼儀だと思い、そぶりも見せなかった。
 それが正解かどうかはわからない。そんな自分が情けなくもあるが、そうすることくらいしか、紫織にできることはない。

――いつか何かの形で恩返しができるといいのだけれど。

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