どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第一章 恋は幻想 6

「あ、そういえば例のビルどうだった? 見に行ったんだろう? いい物件だったか?」

「ああまあな。建築士の話だと、手を加えれば建て直さなくてもなんとかなりそうだ。まぁ金はかかるだろうけど、場所はいいし、すぐに元は取れるだろう」

「ふぅん。しかしお前も次から次へと財テクに余念がないねぇ」

「あ、そうそう。今日の午後そのビルにあった会社からひとり、うちに面接に来るぞ。
 時間があったらお前も同席しないか? 四十代の優秀な営業マンらしい」

「ええ? でもそこって倒産する会社だろ?」

「倒産じゃなくて、廃業」

「優秀ったって、そんな会社にいた社員が?」

「訳があるんだとさ。不動産屋に聞いたんだが、なかなかの人らしい」

「へえ。訳ありね。お前は好きだよな、そういうの」

 執務室から出てエレベーターに乗る宗一郎を、後ろから「社長ぉ」と声が追いかけてきた。

 滑り込むように入ってきたのは光琉だ。

「社長ったら、彼女と別れちゃったんですって?」

 ――ったく。荻野の奴、余計なことを。

「社長はね、乙女チックなんですよぉ」

「なんだそれ」

「社長が女の子と続かない理由、ご自身でわかっていますかぁ?」

「さあな」と、宗一郎は、興味なさそうに答えた。

 ――続かない理由?

 そんなのはわかっている。俺の心が全く動かないから。

 いや、全くではない。
 少なくとも心が動かされたことはあったはずだ。

 長い髪から柔らかいな微かな甘い香りを感じた時。
 フッと笑った小さな口元から、少しだけ歯並びいい白い歯が垣間見えたあの時。

 もしかして彼女なら、新しい光りを感じるかもしれないと思った。

 でも、それはむしろ逆だった。
 探してはいけない何かを見つけようとしたのである。


 ――なぁ光琉、お前は知らないだろうが、俺は酷い男だぞ?

 結局は唇を重ねようともせず、女の顔をなるべく見ないようにヤルだけやって、とっとと帰ろうとした。

 どんな相手とも、続くはずがない。

 結局無理なんだよ、俺にはな。女を愛することなんかできないのさ。

 そう思いながら口には出さずただ黙っていると、光琉が言った。

「恋愛に夢を見ているからですよぉ。
 社長、恋愛なんて結局、幻想なんです。そんなものに希望を見つけようとしていたら、いつまでたっても結婚なんてできませんよぉ?」

 などと身も蓋もないことを言って笑う。

 それには苦笑した。
「全くお前もなんなんだ。可愛い詐欺か」

 光琉は、誰よりも女らしい外見をしている。

 毛先をカールした明るい髪。
 いつもにこにこと笑みを浮かべ、仕草といい綿あめでも舐めているような話し方をする彼女は、実は見た目と中身が真逆だ。

 心は侍のように、いつだって実にあっさりとしたことを言う。言い方を変えれば、夢がないともいえるが。

「とにかく、ダメなものはダメなのさ」
 チラリと見降ろすと光琉は肩をすくめた。

「うーん。そうですかぁ。まぁダメなものはダメですよねぇ。ということは、誰か忘れられない人でもいるんでしょうかねぇ」

 その答えを待つことなく光琉は続けた。

「とにかく、社長はちゃんと食事をすること。ちゃんと寝ること。それだけは気を付けてくださいよ?」

「ああ、わかったよ」

 ――大丈夫さ、もう幻想は見ない。もうやめた。
 
 なにより相手が可哀そうだから。

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