【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

さむいふゆのひ

その冬のとある夜、外は大荒れで、吹雪がざあっと家の壁に当たる音が何度も何度もしていた。

 ふと、目を覚ました俺は、まず隣に彼女が存在しているかを確認する。

 ああ良かった。今夜も彼女はすうすう寝息を立てながら、すこやかに眠っている。

 わずかに開いた唇から覗いている歯が、たまらなく愛おしかった。

 安心すると急に寒気が来て、肩がぶるっと震える。

 つい二時間ほど前のことだったように思う。キスから始まった行為はしだいに熱を帯びて、やがて暖房もいらないほどの高まりになった。

 彼女と初めて体を重ねてから数か月くらいになるが、行為を繰り返した男と女の体がだんだん馴染んでいくというのは、本当にあるのかもしれないと思い始めている。

 俺がそうであるように、彼女もまた何も身につけていなかった。

 そのむき出しの肩が冷えてしまわないよう、毛布を顎の下まで引き上げてやる。

 古い木造の建物というのは、風通しがよく夏は涼しいが、そのぶん冬は足元からとことん冷え込む。

 今はこの部屋では小さなファンヒーターを使っているが、ずっと点けておけないので、いまいち不便だった。寝ている間に彼女が風邪など引いてしまわないよう、可能な限り気を配ってやらなくてはならない。

 そのためにはどうしたらいいだろうか。エアコン。リフォーム。パネルヒーター。空気が乾燥するのも良くないから、加湿器も必要だ。もっと暖かい時期から考えて用意しておけばよかったのに、と自分を責めた。
 
 頭の中でいろいろな選択肢や可能性を吟味しながら、枕元にあったTシャツを着てカーディガンを羽織り、下着やスウェットパンツを身につけて、彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。

 内側がボア素材になっている温かいルームシューズを履いて、縁側に面した廊下を歩く。

 掃き出し窓に雪のつぶが当たる音がして外を見ると、道路側にある街路灯の周囲に、強い風をともなった雪が渦をまいて、ちらちらと白い光を反射しているのが見えた。

 ここ数年の気候の変化でこの辺りもだいぶ積雪量が減ってきてはいるが、それでもこういう「雪の情景」と呼べるたぐいのものはまだまだ健在だ。

『最近は雪の降る日が減ってさみしいわ。降ってもすぐに溶けてしまうし。昔はね、11月のころからこんもりした雪が積もって、春先まで解けなかったの。松の木の上にまるい雪のかたまりが載っているのを見るのが好きだったのに』

 祖母がぼやいていたのを思い出しながらキッチンに向かう。

 薄明かりの中でケトルに少量の水を入れ、白いホーローのミルクパンには牛乳をそそぎ、それぞれ加熱した。
 
 
 二人分のマグカップを持って自室に戻ると、ベッドの上に彼女が身を起こしていて、こちらを見た。

「起きたの?」

 デスクにマグカップを置きそっと訊ねると、彼女は乱れた髪を直しながら「うん…」と照れ臭そうに言い、俺の視線が恥ずかしかったのか、毛布をかき集めて胸元を隠した。

「外…雪が降ってるんだね。音がする」

「うん。けっこう荒れてる」

「ちょっと見に行こうかな」

 好奇心の強い彼女は素肌の上に毛布をケープのように被って立ち上がった。


「わぁ…降ってるね。すごい…けっこう積もってる」

 昔、俺と彼女が住んでいた街にも雪は降ったが、こんな吹雪の日は滅多になかった。そのせいか、ここに住み始めて最初の雪が降り、荒れる日が出てきてからほぼ毎回、彼女は飽きもせずに窓の外を見つめる。

 俺はその横顔をこっそりと見るのが好きだった。

 数分もしないうちにくしゅっ、と可愛らしい音がして、彼女がくしゃみをしたのだとわかった。

「そろそろ戻る?ココアがあるよ」

「そうなんだ!ありがとう。冷めないうちにいただこうかな」

 部屋に戻ってベッドに並んで座り、他愛ない会話をぽつぽつ交わしながらココアを飲んだ。

「ごちそうさま。すごく美味しかった。体も温まったし」

「お粗末さまでした」

 俺はそう言って、さりげなく空のマグカップを彼女から受け取り、自分のぶんと一緒にデスクの上に置いた。

 頬にかかっていた髪を耳にかけてやると、落ち着かない様子で彼女が身じろぎする。

 その唇にキスをしようと顔を近づけ、ふと思いたって、唇どうしがぶつける寸前で動きを止めた。

「…?」

「ふっ、」

 目を閉じていた彼女がわずかに怪訝そうな表情になったのを見て、俺は堪えきれずに吹き出してしまった。

「もう!意地悪!」

 からかわれていたことを知った彼女がこぶしを挙げようとしたのを、逆に手首を取って押し倒す。

 のしかかって彼女の唇をぺろりと舐めると、ココアの甘い味がした。

 そのまま深く口づけて、中を探る。

「んぅ…っ」

 存分に堪能してから唇を離すと、彼女がぼうっとした顔でゆっくり目を開いた。

「明日が休みでよかったね」

「もう、創太郎くん、やっぱり意地悪…」

 そう言う彼女の声にはもう、わずかな熱がこもっている。

 ココアだけでは足りない。こんな吹雪の寒い夜を温かく過ごすには、もっと熱が必要だった。





 




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