【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
プロローグ
あずみが首から提げたIDカードを読みとり部にかざすと、複合機のスリープが解除された。
暗転していた液晶パネルに光が灯り、用紙の指定やステープル機能など、各種のメニューが表示される。ホチキス止めの資料が必要なので、迷わずに「ステープル」を選択した。
多くの企業が近年ペーパーレス化に取り組んでいるように、あずみの勤務するここヤマノ化成でも、「書類は可能な限りPCの画面やタブレットで閲覧し、紙媒体のものは削減すること」というお達しが総務部から出ている。コピーやスキャナの機能を使うには、あずみが今やったように社員IDの呈示が必要だった。
だから、あずみが今からコピーをとるのは、「どうしてもPCやタブレットでは書類や資料の内容が頭に入ってこない」という一部の上部役員のためだ。
ホチキス留めがされた状態で排紙トレーから出てきたマーケティングのプレゼン資料を数部、用意しておいたクリアファイルに入れて踵を返すと、あずみを待っていた彼──和玖創太郎と目が合った。
白いTシャツの上にネイビーのテーラードジャケットを羽織った創太郎は、「その資料、やっぱり俺が持っていくよ」と手を差し出した。
綺麗な黒髪、端正な顔立ちと細い首、やや広い肩幅、長い足。
その一つ一つに、ほんの一瞬だけ見惚れて心がきゅうっとなる。
「私が配っておくので、気にしないでください。それより和玖さんは機材の確認をしなきゃでしょう。今日のリモートプレゼンの主役なんだから」
「機材の準備ならもう終わったよ。全国に配信するって言っても、そんな大がかりなものじゃないし」
それよりも、と彼は声を低くした。
「上部役員のいやらしい視線から篠原さんを守りたいんです。これでも、彼氏なので」
そう言って薄い唇の端を上げ、微笑む。
彼の言葉にあずみは耳が熱くなった。社内の誰かが聞いていなかったかどうかを確認するために、慌ててキョロキョロし周りを見渡す。
今日は社員の三分の二ほどが在宅勤務の日だったため、広いオフィス内は全体的に人がまばらで、コピー機から一番近い部署のデスクにいたっては誰も座っていなかった。
どうやら、甘さを含んだ彼の言葉を聞きとがめた人はいないようだ。もちろん彼も、最初からそういった状況を確認した上でそんなことを言ったに違いなかった。
あずみと創太郎は、同棲しながらお付き合いをしている。しかしこのことはこの社内においては、当事者以外は誰も知らない秘密なのだった。
一見細身の彼が脱いだらけっこうな筋肉のある体で、いわゆる着やせのするタイプなのだということをあずみはよく知っている。
よく知っているし、昨晩も、今朝も見ていた。
今朝に至っては、目が覚めたらその体が自分にのしかかっていて…
(って、いやいや、今は仕事中!)
一瞬不埒なことが頭に浮かんで顔が熱くなり、あずみは頭を振った。
創太郎はそんなあずみの様子には頓着せず、長い腕を伸ばしてあずみの持っていたクリアファイルをつかみ取る。
あずみはため息をついて苦笑し、彼のやりたいようにしてもらうことにした。
今日この後に、資料を全国の役員にリモートでプレゼンするのは彼の役目だ。もちろん件の上部役員も出席する。
「いやらしい視線から守る」というのは冗談で、あらかじめ資料の配布に出向くことで、上部役員がこだわる「話す側と聞く側が直接顔を合わせる」ことがより円滑になるという狙いが、彼の中にはあるのだろう。たぶん。おそらく。
どちらからともなく目が合い、彼が微笑んだ。嬉しくなって、あずみも微笑む。
自分たちが今の関係に落ち着くまでの間には、様々な出来事と、奇跡としか言いようがない偶然がいくつかあった。
彼との出会いは今から約11年前の、二人が中学生の時にまでさかのぼる。
少々長い話になるけれど、「社内恋愛」という言葉のくくりだけでは説明のつかないあずみと彼の関係を知ってもらうにはおそらく欠かせないものになるはずなので、どうかお付き合いいただけたら、と思う。
暗転していた液晶パネルに光が灯り、用紙の指定やステープル機能など、各種のメニューが表示される。ホチキス止めの資料が必要なので、迷わずに「ステープル」を選択した。
多くの企業が近年ペーパーレス化に取り組んでいるように、あずみの勤務するここヤマノ化成でも、「書類は可能な限りPCの画面やタブレットで閲覧し、紙媒体のものは削減すること」というお達しが総務部から出ている。コピーやスキャナの機能を使うには、あずみが今やったように社員IDの呈示が必要だった。
だから、あずみが今からコピーをとるのは、「どうしてもPCやタブレットでは書類や資料の内容が頭に入ってこない」という一部の上部役員のためだ。
ホチキス留めがされた状態で排紙トレーから出てきたマーケティングのプレゼン資料を数部、用意しておいたクリアファイルに入れて踵を返すと、あずみを待っていた彼──和玖創太郎と目が合った。
白いTシャツの上にネイビーのテーラードジャケットを羽織った創太郎は、「その資料、やっぱり俺が持っていくよ」と手を差し出した。
綺麗な黒髪、端正な顔立ちと細い首、やや広い肩幅、長い足。
その一つ一つに、ほんの一瞬だけ見惚れて心がきゅうっとなる。
「私が配っておくので、気にしないでください。それより和玖さんは機材の確認をしなきゃでしょう。今日のリモートプレゼンの主役なんだから」
「機材の準備ならもう終わったよ。全国に配信するって言っても、そんな大がかりなものじゃないし」
それよりも、と彼は声を低くした。
「上部役員のいやらしい視線から篠原さんを守りたいんです。これでも、彼氏なので」
そう言って薄い唇の端を上げ、微笑む。
彼の言葉にあずみは耳が熱くなった。社内の誰かが聞いていなかったかどうかを確認するために、慌ててキョロキョロし周りを見渡す。
今日は社員の三分の二ほどが在宅勤務の日だったため、広いオフィス内は全体的に人がまばらで、コピー機から一番近い部署のデスクにいたっては誰も座っていなかった。
どうやら、甘さを含んだ彼の言葉を聞きとがめた人はいないようだ。もちろん彼も、最初からそういった状況を確認した上でそんなことを言ったに違いなかった。
あずみと創太郎は、同棲しながらお付き合いをしている。しかしこのことはこの社内においては、当事者以外は誰も知らない秘密なのだった。
一見細身の彼が脱いだらけっこうな筋肉のある体で、いわゆる着やせのするタイプなのだということをあずみはよく知っている。
よく知っているし、昨晩も、今朝も見ていた。
今朝に至っては、目が覚めたらその体が自分にのしかかっていて…
(って、いやいや、今は仕事中!)
一瞬不埒なことが頭に浮かんで顔が熱くなり、あずみは頭を振った。
創太郎はそんなあずみの様子には頓着せず、長い腕を伸ばしてあずみの持っていたクリアファイルをつかみ取る。
あずみはため息をついて苦笑し、彼のやりたいようにしてもらうことにした。
今日この後に、資料を全国の役員にリモートでプレゼンするのは彼の役目だ。もちろん件の上部役員も出席する。
「いやらしい視線から守る」というのは冗談で、あらかじめ資料の配布に出向くことで、上部役員がこだわる「話す側と聞く側が直接顔を合わせる」ことがより円滑になるという狙いが、彼の中にはあるのだろう。たぶん。おそらく。
どちらからともなく目が合い、彼が微笑んだ。嬉しくなって、あずみも微笑む。
自分たちが今の関係に落ち着くまでの間には、様々な出来事と、奇跡としか言いようがない偶然がいくつかあった。
彼との出会いは今から約11年前の、二人が中学生の時にまでさかのぼる。
少々長い話になるけれど、「社内恋愛」という言葉のくくりだけでは説明のつかないあずみと彼の関係を知ってもらうにはおそらく欠かせないものになるはずなので、どうかお付き合いいただけたら、と思う。
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