【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
10章 八月のいちばん長い日 1
今日も夏らしい快晴の空だった。
いつものようにバスと電車を乗り継いで会社へたどり着くと、あずみはバッグからハンカチを取り出して額の汗をおさえた。エントランスに複数設置されたアルコール消毒液を手指に噴射して全体にすりこみ、階段へ向かう。
駅でもオフィスでも、目的の階まではエレベーターではなく階段を使うことにしている。
それで少しでも運動不足を解消しているつもりでいたけれど、それ以外にも何か本格的に運動をしなくては、とあずみは考えていた。
階段をのぼりきり廊下へ出て、商品部のフロアのドアをくぐる。
デスクに目を向けると、珍しく西尾さんはまだ出勤していなかった。代わりのように、に寺本さんと上杉さんのコンビが既に席についている。いつも仕事中にそうしているように頭をつきあわせ、深刻そうな顔で何かを話し合っていた。
「おはようございます」
あずみが声をかけると二人はぱっと話をやめ、芝居がかった動作で鼻からふんと息を吐き、無言でそれぞれPCに向き直る。
理由はわからないが、あずみに対しては挨拶は返さないのが当然と思っているようだった。
二人はあずみが入社してからこれまでずっと素っ気なかったけれど、挨拶を無視されたのは今日が初めてだった。
なんだろう。私、何かした?
あずみは不安な気持ちで椅子に座ると、PCの電源ボタンを押して立ち上げ、その間にバッグからスマホを取り出した。
サイレントになっているかや、誰かから緊急の連絡が来ていないかなどを確認する。新卒で前の会社に入った時からやっている、朝のルーティーンだった。
二人が全身でこちらの様子をうかがっているのがわかる。
(なんなの?なにかあるなら直接言えばいいのに…)
情けない話だけれど、早く西尾さんが来てくれたらいいのにと思ってしまった。
ログインを済ませ、メールやチャットを確認する。
十数件届いていたメールのうち、一件は上杉さんの作った、競合他社と自社のシェアに関する資料に載っている値が間違っているのではないか、という指摘をする営業部からのメールだ。
それ以外はあずみ本人にはほぼ関係のない連絡事項と、イレギュラーに依頼があって引き受けた仕事に対する丁重なお礼のメールだった。
もしかしたら自分でも気がつかないうちに重大なミスを犯していて、向かいの二人はそれを非難しているのかと思ったけれど、それらしいメールは来ていないようだった。
だから、二人にここまでの態度を取られる心当たりはない。
頭を切り替えてToDoリストをまとめていると、創太郎が出勤してきた。
「おはようごさいます!」
寺本さんと上杉さんはあずみの時とはちがい、いつも通りの大きな声で創太郎に挨拶する。
その温度差をあからさまに見せつけられて、さすがに悲しい気持ちになる。
それにしても、そろそろ始業なのにまだ西尾さんが出勤してこない。
「今日って、西尾さんはお休みですか」
いつもなら特に知らされない限り自分から聞くことはしないが、あずみは気になって創太郎に訊ねた。向かいの二人がギロリとこちらを睨むのがわかったけれど、気がつかない振りをする。
創太郎はあずみと一瞬目を合わせると、スマホを取り出してメッセージアプリを確認した。
「いや、病院に立ち寄ってから出勤するってメッセージが来てますね」
「そうでしたか…」
あずみが言い終わらないうちに、上杉さんが声を上げた。
「すみません、今日全員で打ち合わせ良いですか?何時でもいいんで」
創太郎が上杉さんに視線を向ける。
「わかりました。10時からであれば僕は大丈夫です。篠原さんと寺本さんはどうかな」
あずみは頭の中のスケジュールをざっと確認した。特に、何も問題はない。
「はい、大丈夫です」
あずみが答えた後、寺本さんが不機嫌な声で言う。
「出来れば早いほうがいいですけど、それでもいいです」
上杉さんが発案しての打ち合わせは、あずみが知る限りではこれまでになかった。仕事の量や内容を調整して欲しいという話だろうか。
集中して仕事をしていると、10時はあっという間だった。
少人数用の会議室に入り、総務部が指導する使用ルールと手順にしたがって、机や椅子を除菌シートで念入りに拭いた。
じゅうぶんに距離を取って、それぞれ席につく。進行はリーダーの創太郎が務めるようだった。
何の気負いもない、フラットな声で創太郎が会を進める。
「では、始めましょうか。上杉さんが提案されての会なので、先にお話を伺います」
「はい」
上杉さんが話し始める。
「私事になるんですけど、つい一昨日の土曜日に、街中に買い物に出かけまして」
いつものようにバスと電車を乗り継いで会社へたどり着くと、あずみはバッグからハンカチを取り出して額の汗をおさえた。エントランスに複数設置されたアルコール消毒液を手指に噴射して全体にすりこみ、階段へ向かう。
駅でもオフィスでも、目的の階まではエレベーターではなく階段を使うことにしている。
それで少しでも運動不足を解消しているつもりでいたけれど、それ以外にも何か本格的に運動をしなくては、とあずみは考えていた。
階段をのぼりきり廊下へ出て、商品部のフロアのドアをくぐる。
デスクに目を向けると、珍しく西尾さんはまだ出勤していなかった。代わりのように、に寺本さんと上杉さんのコンビが既に席についている。いつも仕事中にそうしているように頭をつきあわせ、深刻そうな顔で何かを話し合っていた。
「おはようございます」
あずみが声をかけると二人はぱっと話をやめ、芝居がかった動作で鼻からふんと息を吐き、無言でそれぞれPCに向き直る。
理由はわからないが、あずみに対しては挨拶は返さないのが当然と思っているようだった。
二人はあずみが入社してからこれまでずっと素っ気なかったけれど、挨拶を無視されたのは今日が初めてだった。
なんだろう。私、何かした?
あずみは不安な気持ちで椅子に座ると、PCの電源ボタンを押して立ち上げ、その間にバッグからスマホを取り出した。
サイレントになっているかや、誰かから緊急の連絡が来ていないかなどを確認する。新卒で前の会社に入った時からやっている、朝のルーティーンだった。
二人が全身でこちらの様子をうかがっているのがわかる。
(なんなの?なにかあるなら直接言えばいいのに…)
情けない話だけれど、早く西尾さんが来てくれたらいいのにと思ってしまった。
ログインを済ませ、メールやチャットを確認する。
十数件届いていたメールのうち、一件は上杉さんの作った、競合他社と自社のシェアに関する資料に載っている値が間違っているのではないか、という指摘をする営業部からのメールだ。
それ以外はあずみ本人にはほぼ関係のない連絡事項と、イレギュラーに依頼があって引き受けた仕事に対する丁重なお礼のメールだった。
もしかしたら自分でも気がつかないうちに重大なミスを犯していて、向かいの二人はそれを非難しているのかと思ったけれど、それらしいメールは来ていないようだった。
だから、二人にここまでの態度を取られる心当たりはない。
頭を切り替えてToDoリストをまとめていると、創太郎が出勤してきた。
「おはようごさいます!」
寺本さんと上杉さんはあずみの時とはちがい、いつも通りの大きな声で創太郎に挨拶する。
その温度差をあからさまに見せつけられて、さすがに悲しい気持ちになる。
それにしても、そろそろ始業なのにまだ西尾さんが出勤してこない。
「今日って、西尾さんはお休みですか」
いつもなら特に知らされない限り自分から聞くことはしないが、あずみは気になって創太郎に訊ねた。向かいの二人がギロリとこちらを睨むのがわかったけれど、気がつかない振りをする。
創太郎はあずみと一瞬目を合わせると、スマホを取り出してメッセージアプリを確認した。
「いや、病院に立ち寄ってから出勤するってメッセージが来てますね」
「そうでしたか…」
あずみが言い終わらないうちに、上杉さんが声を上げた。
「すみません、今日全員で打ち合わせ良いですか?何時でもいいんで」
創太郎が上杉さんに視線を向ける。
「わかりました。10時からであれば僕は大丈夫です。篠原さんと寺本さんはどうかな」
あずみは頭の中のスケジュールをざっと確認した。特に、何も問題はない。
「はい、大丈夫です」
あずみが答えた後、寺本さんが不機嫌な声で言う。
「出来れば早いほうがいいですけど、それでもいいです」
上杉さんが発案しての打ち合わせは、あずみが知る限りではこれまでになかった。仕事の量や内容を調整して欲しいという話だろうか。
集中して仕事をしていると、10時はあっという間だった。
少人数用の会議室に入り、総務部が指導する使用ルールと手順にしたがって、机や椅子を除菌シートで念入りに拭いた。
じゅうぶんに距離を取って、それぞれ席につく。進行はリーダーの創太郎が務めるようだった。
何の気負いもない、フラットな声で創太郎が会を進める。
「では、始めましょうか。上杉さんが提案されての会なので、先にお話を伺います」
「はい」
上杉さんが話し始める。
「私事になるんですけど、つい一昨日の土曜日に、街中に買い物に出かけまして」
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