【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

これからのこと、託されたもの 7

 よく晴れて夏らしい一日になったその日の午後、寺本梨央はここ数年で一番機嫌が悪かった。
理由はいくつかある。

 一つは、梨央がどれだけ手を尽くしても会社の同期が梨央に興味を示さないこと。

 同期の和玖創太郎は特別な男だった。顔の作りが良い男は世の中にそこそこたくさんいるが、彼は繊細さを感じさせる端正な顔立ちに加えて、しなやかな体つきが魅力的な男だった。

 会社の飲み会の席で、彼にさりげなく顔や体を寄せながら身長や服のサイズを聞き出したことがある。身長は180cmちょうど、服はものによるがYシャツであればM88というサイズらしい。

 M88は一般的な紳士服店では置いてある数が少なく、あまりデザインを選べないのが悩みだと漏らしていて、可愛らしいな、と思った。

 アパレルの仕事をしている友人に聞いたら、そのサイズはメンズモデルの人に多いサイズだと言っていて、やはり彼は特別にグレードの高い男なのだと確信し、梨央の想いはいよいよ増した。

 その友人は『サークルクラッシャーは卒業するの?』と梨央のことをからかった。

 学生時代から、彼女のいるいないにかかわらずたくさんの男たちを落としたり振ったりしていたので、たしかにそう呼ばれてもおかしくはない。

 だが、それは梨央が魅力的な女性だったからそうなったのだ。揶揄されるのは面白くなかった。

 友人の当時の彼氏が梨央のことを好きになってしまったのを未だに根に持っているのだろうか。
だとしたらしつこい。

 別にたいした男じゃなかったし、そんなに気にすることじゃないだろうが、と梨央は思う。

 いや、そこはやはり女特有の妬みと嫉妬の感情なのだろう。

 縁故入社した先で和玖創太郎に出会い、とうとうゴールを見つけたと当初梨央は思っていた。

 研修の時から、無邪気を装って何度も彼に話しかけた。

 その後も社内で彼を見かけた時は子犬みたいに駆け寄って目を潤ませたし、最初に彼が所属していた部署が飲み会をした時にには、自分は関係ないのに参加した。

 その時は酔いに乗じて膝に手を置いたり、顔を近づけたりしたのに、彼はずっと落ち着いて淡々としていて、かつての男たちのように顔を赤らめたりソワソワしたりしてくれなかった。
 
 服のコーデや化粧はもちろん、ネイルもヘアアレンジも、時には就業時間に間に合わないぐらい日々頑張っているのに、彼は全く梨央に興味を示さない。

 ぽっと出の女に取られるのは絶対に絶対に嫌だったので、新しく女性社員や派遣社員が来る時はさりげなくメールを送った。

 和玖創太郎と自分は付き合っているということにしておく。

 統括部長の方針で、社内恋愛が露見したら片方を遠方に転勤させるらしいという噂についてはもちろん知っていたが、気にも留めていなかった。

 なぜなら、梨央の実家はヤマノ化成が創業した時からの大口の取引先で、創業者は現役を退いてはいるものの、梨央の父親と懇意なのだ。

 万が一にもそんな人事があれば、内示された日のうちにでももみ消せる自信があった。

 だから何も問題はない。問題はないのに、彼の気持ちだけが向いてくれない。昨年の秋からは一緒のチームになって、これはもう運命だとしか思えないのに。

 理由がわからない。

 目の前のグラスに入った水出しのローズヒップティーを口に含む。

 このお茶の味は別に好きではないけれど、SNSにパッケージの画像を載せて「なにこれ、至高の味。もっと早く出会いたかった…!」とでもコメントすれば、フォロワーの男たちが好意的な反応を示してくれる。

 梨央はSNSのプロフィールではOLを隠れ蓑にしたフリーのモデルを自称していた。うまく盛れた自撮り画像セルフィーを載せて、「♯カメラマンさんと繋がりたい」とハッシュタグをつければ、まれにアマチュアカメラマンから撮影依頼が入る。

 自分はそういう、特別な女なのに。

 そうだ、モデルの活動のことを彼に匂わせればもう少し自分に興味を持ってくれるかもしれない。

 副業でモデルの仕事もこなす恋人というのは、彼にとってもステータスになるはずだ。

 そのためにはもっと自分を磨かなくてはと考え、スマホで美容系のキュレーションアプリを見ていると、会社の男性社員からメッセージが入った。

『聞きたいことがあるんだけどさ』


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