【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

箱庭の日々 6

 夕方になるとあずみの気分が高揚するのは、前に勤めていた会社では日の沈む前に家に着くことがまれだったからだ。日の長い今時期であれば、定時で退勤して40分もしないうちに玄関の鍵を開けられるので、夕食の支度をする時間になるまでは自分のやりたい事をしてのんびり過ごすことが出来た。

 まだまだ暑い日が続いている。熱中症防止のためにも美容のためにも、あずみは家に着いたらすぐに水分を摂ることにしていた。玄関で靴を揃えてからキッチンに直行し、冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注ぐと、ごくごく飲み干した。

 水分補給を無事に終えた後は換気のために共用スペースの窓という窓を開けて回り、それが済んでようやく帰宅後のシャワーに入れる。

 白のタイル張りがされたかわいらしい浴室は、24時間換気が出来るようにリフォームをしてから、日本家屋にとっては大敵といえるカビがほぼ生えなくなったらしい。
 
 それでもあずみは浴室を使った後にはマイクロファイバーのタオルで浴室内の水滴をぬぐって、水分を残さないようにしていた。

 シャワーを浴びてさっぱりした後は、ネットショップで一目ぼれして買った、涼しげなマリン柄のルームウェアに袖を通した。

 創太郎は今日は20時くらいになるらしいから、夕食の準備はもう少し後でも良いだろう。

「よし」

 先に陽菜ひなに電話をかけてみよう。

 グラスに注いだ麦茶を持ち、縁側にあるお気に入りのラタンの椅子に座った。コーヒーテーブルにグラスを置いて、スマホの通話履歴から陽菜の番号をたどる。

 あずみが頻繁に電話する相手は少ないので、電話帳からたどるよりもこの方が断然早いのだ。

『もしもーし』

 発信してすぐに陽菜が出た。陽菜は大学を出てすぐに結婚し、去年可愛らしい女の子が生まれた。今は育児休業中でずっと家にいる。

「もしもし。久しぶり、今だいじょうぶ?」

『うん、ぜーんぜんだいじょうぶ。晩ごはん、今日はテイクアウト買ってきてもらえるから支度しなくていいし』

「あ、そうなんだ。楽しみだね。陽茉莉ひまりちゃんは元気?相変わらず離乳食バクバク?」

 陽菜と陽茉莉の元気な顔を思い浮かべると、思わず顔が緩む。画像や動画を見せてもらったり、小さい子ならではの面白いエピソードを聞くと、自分もいつか子どもを持てたら良いなとすごく思ってしまう。

『めっちゃ元気。離乳食、すごい勢いで食べるよ。あずみはどう、もう慣れた?』

「うん、けっこう慣れてきたよ。今度遊びに来てね」

 言いながら麦茶をごくりと飲んだ。水分補給はこまめにしなければ。

「ね、陽菜。和玖君て覚えてる?中学の時の」

『覚えてるよ。同じ委員会で、途中でいなくなっちゃった子でしょ』

 陽菜は当時のあずみと創太郎の関係をよく知っていたけれど、付き合ってた子でしょ、とは言わなかった。

 この友人は無神経でざっくばらんなキャラを装っているけれど、そのじつとても周りに気を遣う人間だということを、あずみは長い付き合いでよく知っている。

「…そう、その子。こっちに来てからね、再会しまして」

 付き合っていることを言うのが気恥ずかしくて、敬語になってしまう。

『え!!そうなの?何その偶然、すごすぎない!?和玖君て今どんな感じ?イケメン?孤高の王子様みたいな子だったよね?』

 孤高の王子様という表現が妙におかしくて吹き出しそうになる。

 興奮して矢継ぎ早に言葉を繰り出す母親に興奮したのか、電話の向こうで陽茉莉が大きな声を出しているのが聞こえた。その声の可愛らしさに胸がキュンとなる。

 しぃっと陽菜が優しくあやしている気配を電話の向こうから感じて、あずみは微笑ましい気持ちになった。

「うん、すごくかっこ良くなってた。というか、お付き合いすることになって」

『…まさかの復縁!?すごいね!?』

 どういうこと!?と驚愕している。

「いろいろ偶然が重なってね」

 あずみは創太郎のおばあさんとの出会いから始まった創太郎との再会の経緯や、会社の社内恋愛に関する慣習についてを説明した。

 陽菜はふむふむとあいづちを打ち、ときどき『ひゃ~』などと興奮した声を出した。



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