【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

箱庭の日々 3

 お二人の仕事が忙しいのは話してる時間が長いからでは?と言ってみたいけれど、入ったばかりのあずみに出来るはずも、勇気もなかった。

 西尾さんとランチをした時に相談すると、力なく笑って「そのうち慣れる」とのことだったけれど、本当に慣れることが出来るのか不安だ。

 リーダーの創太郎は、席にいる時はほぼ喋らない。

 たまに他部署の仲が良いらしい男性社員が来たら、笑いながら雑談していて、そこに西尾さんが加わることもある。

 創太郎と西尾さんは、創太郎のインターンの時から知り合っていたようで、仲が良さそうだった。二人の間にはお互いの仕事に対する信頼があるのが、傍から見ていても伝わってくる。

 彼があずみ以外の人たちと話している姿を見るのは基本的には微笑ましかった。思わずにやけてしまいそうになるので、注意が必要だ。

 一番やりにくいのは、あずみが創太郎に仕事上の指示を仰いだり相談をする時だった。

 昔を知っていて、同じ家に住んで、時には同じベッドで過ごすこともある人と、そんな素振りを見せずに会話するのは思った以上に勇気がいるというか、緊張するし恥ずかしい。

 創太郎は会社ではポーカーフェイスが上手なので全く動じる素振りはないけれど、あずみは彼と話すときに自分の顔や首筋が緊張や恥ずかしさで赤くなっていないかすごく心配だった。

 それと、創太郎とあずみが話している時の寺本さんの気配が怖い。

 あの牽制メール以降、直接何かをしてくるわけではなかった彼女だけれど、こちらを探りたい気持ちのようなものは、ひしひしと感じる。

 視線こそこちらには向いていないものの、二人の間でどんな言葉が交わされたのかや、どういう感情の動きがあったのかを全身で感じ取ろうとしているように思えた。

 寺本さんに二人の関係が露呈してしまったらどうなるのか、考えるだけで恐ろしい。

 寺本さんは自分のことを「見た目はフェミニンで女子力高いってよく言われるけど、中身は結婚願望のない、仕事が大好きなもはやおっさん化した人間なんです」と言っている。

 外見はたしかにフェミニンで綺麗だけれど、中身は本人が思っているのとはむしろ真逆なのではないかとあずみは思っていた。

 彼女が「社内恋愛はご法度、バレたら転勤」の慣習についてどう考えているのかは知りようがなかったけれど、社内で創太郎と付き合っているということをあずみが思っていたよりも多くの女性社員に匂わせていて、いろんな意味でヒヤヒヤしてしまう。

 このことについて創太郎が知らないはずはなかったけれど、どうやらはっきりと否定していないようだった。

 たしかに、あずみが創太郎の立場でもそうなってしまうだろうなとは思う。

 否定すること自体は簡単だしそうしたい。けれど、そうした瞬間に寺本さんは「社内の男と付き合っていることを偽装した痛すぎる人間」になってしまうのだ。

 実はあずみは寺本さんのことを創太郎に聞いたことがある。

「あんな風に言っているけれど、大丈夫?」と。

 彼の答えは「考えがあるから、申し訳ないけどもうしばらく彼女の好きにさせておいて欲しい。ごめん」だった。



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