【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
きみのしらない僕の話 4
「美味いよ。サラダのドレッシング、良い味」
「ふーん。お母さんも食べようっと」
母は芝海老のサラダに箸を伸ばして自分の皿に盛ると、いただきます、と手を合わせた。
「わ、ほんと。美味しいね、これ。酒に合うわぁ」
そう言ってどんどん食べる。創太郎もドライトマトとひき肉の入ったキッシュを口に運び、二人はしばらくの間食事に集中した。
「ところでさー、創ちゃん」
そろそろ満腹になってきたところで、母が話しかけてくる。
目を上げて、創太郎は動けなくなった。
母の口元は吊り上がっていたが、目がまったく笑っていない。
これは、かなり怒っている。
「お友達を家に入れたの?」
「あ…うん。…ゴメン」
気圧され、咄嗟に肯定してしまった自分に血の気が引いた。
「いや、ゴメンじゃなくて。お母さん、誰かが来るなら事前に教えておいてっていつも言っているよね?」
「…ごめんなさい」
「誰?誰が来たの?」
男子の友達が来たと言っておけばそんなに怒らないだろうということは、予想がついた。
「同じクラスの男子バレー部の奴。今日練習なかったみたいで、うちに古いSFとかあるって言ったら、見てみたいって…本が好きなんだよ、そいつ」
「ふうん。じゃあこれは何?」
母が足元の紙袋からつまんで持ち上げたのは、創太郎が日中に着ていたTシャツだった。シャワーを浴びるときに脱衣かごに放り込んだものだ。
よく見ると、髪の毛がついていた。
シャツの地がネイビーだから逆にわかりやすい。ほんの少し茶が入った、長めの女の髪の毛。
あずみのものだった。
後から思えば、出かけている時にいつの間にかついていたなどと誤魔化しておけば良かったのだが、この時の創太郎は完全に不意を突かれていて、うまく立ち回れなかった。
今まで彼女と一緒にいても、髪の毛なんてついたことはなかったのに。自分があずみに必要以上に体を密着させたからだ。
体が緊張して、指先が強張る。喉が閉じてしまったようになって、言葉がなかなか出てこなかった。
「…そ、」
「女の子が来たんでしょう」
途端に顔色を失った創太郎を見て、母は確信したようだった。
「髪の毛がつくくらい、親しいの?彼女?なんで嘘をつくの?」
嘘をついたのは母がこうなることが怖かったからだ。
「…彼女だけど、母さんが心配するような子じゃないよ。俺なんかよりずっときちんとした子で」
「親が不在にしてる男の子の家に勝手に入っておいて、どこがきちんとしてるの?」
「違う…俺が家に入れたんだよ。委員会が同じ子で」
強張る拳にぎゅっと力を込めて、ありのままを説明する。
「図書室に入れる本を買いに行ったらその子の足が靴擦れしてて、そのまま帰るのは痛そうだったから、」
「言い訳するな!!」
するどい怒気を感じて肩が跳ね、頬がびりっとした。
その後、母は創太郎が何を言っても聞き入れなかった。
自分で言った言葉にさらに腹を立てて、どんどんヒートアップしていく。
「まったく、学区外の中学になんて入れるんじゃなかった。親の目の届かないところで盛りのついたメスガキがコソコソ家にまで。いやらしい。汚い」
そしてついに、創太郎が恐れていたことを口にした。
「何ていう名前なの?その子。おうちの連絡先はわかるの?」
「…やめて」
「三年生で図書委員?学校に聞いてみないと」
「なんでだよ!やめろよ…」
勇気を振り絞って抗弁したが、幼いころから母の理不尽な叱責を受けていた創太郎の体は、すでに力が入らなくなっていた。抵抗せず、ただ嵐が過ぎるのを待っていた方が得策だと体が覚えているのだ。
「どうして?お母さんはね、あなたの親として、責任を果たさなきゃいけないの。あなたをきちんとした大人に育てなければいけないの。だから、害になるものは徹底的に排除するの」
ダメだ。手に負えない。彼女を守るには、どうしたら。
水分を摂ったばかりなのに、創太郎の喉はからからになっていた。
「でもね、良い機会だったわ」
母は大きく息をつくと言った。
「…え?」
「ふーん。お母さんも食べようっと」
母は芝海老のサラダに箸を伸ばして自分の皿に盛ると、いただきます、と手を合わせた。
「わ、ほんと。美味しいね、これ。酒に合うわぁ」
そう言ってどんどん食べる。創太郎もドライトマトとひき肉の入ったキッシュを口に運び、二人はしばらくの間食事に集中した。
「ところでさー、創ちゃん」
そろそろ満腹になってきたところで、母が話しかけてくる。
目を上げて、創太郎は動けなくなった。
母の口元は吊り上がっていたが、目がまったく笑っていない。
これは、かなり怒っている。
「お友達を家に入れたの?」
「あ…うん。…ゴメン」
気圧され、咄嗟に肯定してしまった自分に血の気が引いた。
「いや、ゴメンじゃなくて。お母さん、誰かが来るなら事前に教えておいてっていつも言っているよね?」
「…ごめんなさい」
「誰?誰が来たの?」
男子の友達が来たと言っておけばそんなに怒らないだろうということは、予想がついた。
「同じクラスの男子バレー部の奴。今日練習なかったみたいで、うちに古いSFとかあるって言ったら、見てみたいって…本が好きなんだよ、そいつ」
「ふうん。じゃあこれは何?」
母が足元の紙袋からつまんで持ち上げたのは、創太郎が日中に着ていたTシャツだった。シャワーを浴びるときに脱衣かごに放り込んだものだ。
よく見ると、髪の毛がついていた。
シャツの地がネイビーだから逆にわかりやすい。ほんの少し茶が入った、長めの女の髪の毛。
あずみのものだった。
後から思えば、出かけている時にいつの間にかついていたなどと誤魔化しておけば良かったのだが、この時の創太郎は完全に不意を突かれていて、うまく立ち回れなかった。
今まで彼女と一緒にいても、髪の毛なんてついたことはなかったのに。自分があずみに必要以上に体を密着させたからだ。
体が緊張して、指先が強張る。喉が閉じてしまったようになって、言葉がなかなか出てこなかった。
「…そ、」
「女の子が来たんでしょう」
途端に顔色を失った創太郎を見て、母は確信したようだった。
「髪の毛がつくくらい、親しいの?彼女?なんで嘘をつくの?」
嘘をついたのは母がこうなることが怖かったからだ。
「…彼女だけど、母さんが心配するような子じゃないよ。俺なんかよりずっときちんとした子で」
「親が不在にしてる男の子の家に勝手に入っておいて、どこがきちんとしてるの?」
「違う…俺が家に入れたんだよ。委員会が同じ子で」
強張る拳にぎゅっと力を込めて、ありのままを説明する。
「図書室に入れる本を買いに行ったらその子の足が靴擦れしてて、そのまま帰るのは痛そうだったから、」
「言い訳するな!!」
するどい怒気を感じて肩が跳ね、頬がびりっとした。
その後、母は創太郎が何を言っても聞き入れなかった。
自分で言った言葉にさらに腹を立てて、どんどんヒートアップしていく。
「まったく、学区外の中学になんて入れるんじゃなかった。親の目の届かないところで盛りのついたメスガキがコソコソ家にまで。いやらしい。汚い」
そしてついに、創太郎が恐れていたことを口にした。
「何ていう名前なの?その子。おうちの連絡先はわかるの?」
「…やめて」
「三年生で図書委員?学校に聞いてみないと」
「なんでだよ!やめろよ…」
勇気を振り絞って抗弁したが、幼いころから母の理不尽な叱責を受けていた創太郎の体は、すでに力が入らなくなっていた。抵抗せず、ただ嵐が過ぎるのを待っていた方が得策だと体が覚えているのだ。
「どうして?お母さんはね、あなたの親として、責任を果たさなきゃいけないの。あなたをきちんとした大人に育てなければいけないの。だから、害になるものは徹底的に排除するの」
ダメだ。手に負えない。彼女を守るには、どうしたら。
水分を摂ったばかりなのに、創太郎の喉はからからになっていた。
「でもね、良い機会だったわ」
母は大きく息をつくと言った。
「…え?」
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