【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
きみのしらない僕の話 2
  あの時の母は恐ろしかった。紙のように白くなってぶるぶる震えながら創太郎を睨みつけた後、手紙の子とはもう会わせるわけにはいかないと言ってすぐに塾へ電話をかけた。
『小学生で男の子に色目を使うなんていやらしい。そちらではそういう行為を生徒に禁止していないのですか』
『とにかくその子の連絡先を教えなさい。親御さんに抗議します。教えないのなら本部にクレームを入れます』
こんな調子で、1時間以上に渡ってクレームを入れていたのを覚えている。
もちろんその塾にはもう行けなかった。辞めさせられたのもあるし、行ってもおそらくは白い目で見られただろう。
手紙の子と同じ中学になることを母は嫌がり、方々に無理を通して、中学校は家から少し離れた今の学校に通うことになった。
もちろん最初は納得が行かなかったが、通ってみると学校は母の行動範囲の外にあることがわかった。監視の目から外れている気がして心が軽くなるのを感じた。
部活動は禁止されたものの、委員会活動は『私も中学のとき図書委員だったの』という理由で許してもらえた。
あずみのことは、中1で一緒にカウンター当番をした時からずっと気になっていた。
『お疲れ様です』
初めて一緒にカウンターに入った時、本を読んでいたあずみははにかみながら目を上げて創太郎に挨拶をし、目を伏せてまた読書に戻った。
男子とは違う、華奢な体つきに、桃みたいなきめの細かい肌。彼女が動くたびに花のような香りがして、体の中で何かが疼く気配を感じた。こんなことは初めてだった。
自分の想いをはっきりと自覚したのは、1年生の冬だったように思う。その日家に帰ると機嫌の悪い母親がわめき散らして、うまく眠れなかった。
気を紛らわせようとあずみのことを考えているうちに心が落ち着いて、創太郎はいつの間にか眠っていた。
入学してからあずみと付き合うまでに、もう顔も覚えていない先輩や同学年の女子何人かに告白されたけれど、すべて断った。
彼女でなければ意味がないのだと、創太郎は思っている。
あずみは幸せな家庭で育った子なのだと思う。初めて昼を一緒に食べたときに見えた、愛情のこもった弁当。彼女の親の「美味しく食べてもらえるように」という気持ちがこちらまで伝わってくるようだった。
創太郎の母は掃除や洗濯は完璧にこなすが、料理は「手が汚れる」という理由で嫌っていた。父親は遠方に単身赴任しているため、物心ついてから弁当を一度も作ってもらった記憶がない。
毎朝、母はその時財布に残っていた小銭を昼食代として渡してくる。
金をもらえるだけでありがたいと思わなければいけないのかもしれないが、母が渡してくる程度の金額では菓子パンと飲み物しか買えない日が多いのが辛い。創太郎の行動には執着するのに、食べるものにはほぼ関心がないのが不思議だった。
総菜系のパンの方が好みではあるが、総菜パンは菓子パンよりも数十円も高いので、普段はあまり手が出なかった。
そんな中であずみに食べさせてもらった手作りのからあげは、とても美味しかった。
スーパーで買い置きしておいた菓子パンをお礼にあげると、遠慮はしていたが彼女はにこにこして食べていた。
誰かに愛されている自信があるからこそ出来る屈託のない笑顔、裏表のない感情表現。彼女は自分にないものばかりを持っている。
あの時は欲が出て、あずみが読んでいた本のことを話した。それなりに古い本で、まさか同じ本をあずみが読んでいるとは思わなかったので気分が高揚していたのだと思う。
目を輝かせながら感想を言うあずみはとても可愛らしく、生命力のようなものにあふれていた。
それ以降も、何度もあずみのことを好きだと思うことはあったが、母親のことが頭にあって、想いを伝える勇気が出なかった。
見つめているだけで自分は幸せだという想いと、このままだと彼女は他の男子と付き合うことになるかもしれないという恐怖。
実際にあずみのことを良いと思っている男子は複数いるようだった。
葛藤が続く中、季節は秋になって、あの日がやってきた。
同じクラスでバレー部の川谷は、あずみのことを気にしている男子のうちの一人だった。
帰りのHRの時、帰り支度や掃除の準備で一気に騒がしくなった教室の一角で、川谷は仲の良い運動部の男子に『がんばれよ!』、『お前なら大丈夫』と冷やかされていたのを聞いて、胸がざわざわしたのを覚えている。
その日創太郎はカウンターの当番ではなかったが、当番に入る予定だった陽菜は用事が出来たとかで、急遽創太郎が当番を代わっていた。
人気のない図書室で落ち着かない時間を過ごし、あずみが顔を真っ赤にして図書室に入ってきた時には、とても焦った。
もしかして川谷に告白されたのか。付き合うことになったのか。誰かのものになってしまうという恐怖が現実になってしまったのか。
恋人が出来た直後で浮き立っているようにも見えなかったが、創太郎はもう、なりふりかまっていられなかった。
『小学生で男の子に色目を使うなんていやらしい。そちらではそういう行為を生徒に禁止していないのですか』
『とにかくその子の連絡先を教えなさい。親御さんに抗議します。教えないのなら本部にクレームを入れます』
こんな調子で、1時間以上に渡ってクレームを入れていたのを覚えている。
もちろんその塾にはもう行けなかった。辞めさせられたのもあるし、行ってもおそらくは白い目で見られただろう。
手紙の子と同じ中学になることを母は嫌がり、方々に無理を通して、中学校は家から少し離れた今の学校に通うことになった。
もちろん最初は納得が行かなかったが、通ってみると学校は母の行動範囲の外にあることがわかった。監視の目から外れている気がして心が軽くなるのを感じた。
部活動は禁止されたものの、委員会活動は『私も中学のとき図書委員だったの』という理由で許してもらえた。
あずみのことは、中1で一緒にカウンター当番をした時からずっと気になっていた。
『お疲れ様です』
初めて一緒にカウンターに入った時、本を読んでいたあずみははにかみながら目を上げて創太郎に挨拶をし、目を伏せてまた読書に戻った。
男子とは違う、華奢な体つきに、桃みたいなきめの細かい肌。彼女が動くたびに花のような香りがして、体の中で何かが疼く気配を感じた。こんなことは初めてだった。
自分の想いをはっきりと自覚したのは、1年生の冬だったように思う。その日家に帰ると機嫌の悪い母親がわめき散らして、うまく眠れなかった。
気を紛らわせようとあずみのことを考えているうちに心が落ち着いて、創太郎はいつの間にか眠っていた。
入学してからあずみと付き合うまでに、もう顔も覚えていない先輩や同学年の女子何人かに告白されたけれど、すべて断った。
彼女でなければ意味がないのだと、創太郎は思っている。
あずみは幸せな家庭で育った子なのだと思う。初めて昼を一緒に食べたときに見えた、愛情のこもった弁当。彼女の親の「美味しく食べてもらえるように」という気持ちがこちらまで伝わってくるようだった。
創太郎の母は掃除や洗濯は完璧にこなすが、料理は「手が汚れる」という理由で嫌っていた。父親は遠方に単身赴任しているため、物心ついてから弁当を一度も作ってもらった記憶がない。
毎朝、母はその時財布に残っていた小銭を昼食代として渡してくる。
金をもらえるだけでありがたいと思わなければいけないのかもしれないが、母が渡してくる程度の金額では菓子パンと飲み物しか買えない日が多いのが辛い。創太郎の行動には執着するのに、食べるものにはほぼ関心がないのが不思議だった。
総菜系のパンの方が好みではあるが、総菜パンは菓子パンよりも数十円も高いので、普段はあまり手が出なかった。
そんな中であずみに食べさせてもらった手作りのからあげは、とても美味しかった。
スーパーで買い置きしておいた菓子パンをお礼にあげると、遠慮はしていたが彼女はにこにこして食べていた。
誰かに愛されている自信があるからこそ出来る屈託のない笑顔、裏表のない感情表現。彼女は自分にないものばかりを持っている。
あの時は欲が出て、あずみが読んでいた本のことを話した。それなりに古い本で、まさか同じ本をあずみが読んでいるとは思わなかったので気分が高揚していたのだと思う。
目を輝かせながら感想を言うあずみはとても可愛らしく、生命力のようなものにあふれていた。
それ以降も、何度もあずみのことを好きだと思うことはあったが、母親のことが頭にあって、想いを伝える勇気が出なかった。
見つめているだけで自分は幸せだという想いと、このままだと彼女は他の男子と付き合うことになるかもしれないという恐怖。
実際にあずみのことを良いと思っている男子は複数いるようだった。
葛藤が続く中、季節は秋になって、あの日がやってきた。
同じクラスでバレー部の川谷は、あずみのことを気にしている男子のうちの一人だった。
帰りのHRの時、帰り支度や掃除の準備で一気に騒がしくなった教室の一角で、川谷は仲の良い運動部の男子に『がんばれよ!』、『お前なら大丈夫』と冷やかされていたのを聞いて、胸がざわざわしたのを覚えている。
その日創太郎はカウンターの当番ではなかったが、当番に入る予定だった陽菜は用事が出来たとかで、急遽創太郎が当番を代わっていた。
人気のない図書室で落ち着かない時間を過ごし、あずみが顔を真っ赤にして図書室に入ってきた時には、とても焦った。
もしかして川谷に告白されたのか。付き合うことになったのか。誰かのものになってしまうという恐怖が現実になってしまったのか。
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