【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

花とみつばち 4

 
 三年生になって、またあずみと一緒に図書委員になった陽菜ひなは、委員長を買って出てくれた。

「カウンターの仕事も楽しかったけどね~、あそこで勉強したら集中できるし」

 貸し出し業務は基本的に一、二年生が行い、三年生は関わらないので、カウンターの仕事からは卒業ということになる。

 カウンターの仕事はあずみも好きだったので、残念そうな陽菜の気持ちがよくわかった。

「三年生委員の仕事の醍醐味だいごみと言えば、選書せんしょだね」

「うん、その辺はあずみ達に任せる。あたし、前より本は読むようになったけど選べるほど目がえてないというか」

 図書委員が新しい本を購入することを選書という。月に一度、5000円の予算をやりくりして書店で本を買えるのだ。

 漫画は一般的なコミックスはダメで、文庫になっているものならいいとか、中古の購入は先生に判断を仰ぐ必要があるだとか、いろいろと明確な根拠のわからないルールがある。

「でも、そういう人から見て読みたいって思える本が良いんじゃないの」

 陽菜とは今年同じクラスになった。

「そうかなー。でもとりあえず、今月は委員総会とかあるし、今月分はあずみと和玖君にお願いしようかな?」

 陽菜がニヤリとして言う。
 
 和玖君も今年また図書委員になり、副委員長を務める。あずみは会計、もう一人の三年生の男子は書記をやることになったけれど、進学校を受験するらしくあまり委員会活動には参加できないと最初から宣言していた。

「あまりお出かけデートしないんでしょ。この機会に二人で行ってきたら良いじゃん!誰かに見られても、委員会の仕事だって言えるしね~」

「ちょ、ちょっと陽菜、声が大きいよ」

 放課後の教室にはあずみと陽菜の二人だけだったけれど、廊下には生徒がいる。あずみと和玖君が付き合ってることは秘密なのだった。

 和玖君の家は厳しいらしく、どこかから話が漏れてはいけないので、学校内の友達には基本的には二人が付き合ったことを知らせていない。あずみと彼の関係を知っているのは陽菜だけだった。

 一緒にいられるのは学校からの帰り道、分岐点のコンビニまで。

 だいたい毎日一緒に帰っていたけれど、意図的に他の生徒と下校時間をずらしているせいか、これが意外とバレない。

 和玖君とのお付き合いは順調だった。一緒にいると楽しいし、すごく落ち着く。

「ごめんごめん、つい興奮しちゃって」

「でも正直、堂々と一緒にお出かけ出来るのは嬉しいかも」

「でしょ!二人で行ってきな~」
 
 陽菜は親指をびしっ!と立てて、にっこり笑う。

 その時教室の後ろの扉が開く音がして、あずみと陽菜は目を向けた。入ってきたのは和玖君だった。

「お疲れ様」

「おつかれー」

「…お疲れ」

 和玖君は近くの机にスクールバッグを降ろし、椅子に座りこんだ。その表情は硬く、なんだか疲れているように見える。

「そうだ、あたし習い事あるし、そろそろ行くね。バイバイ」

 陽菜はさらりと席を立ち、出て行った。気を遣ってくれたのだと思うけれど、それを感じさせない自然さで、あずみは陽菜のそういうところを尊敬している。

「進路相談、行ってきたの?」

「…うん、疲れた」

 あずみや他の生徒とは違うタイミングで、和玖君は進路相談をしていることが多かった。和玖君が言わないので詳しくは聞いていないけれど、どうやらお母さんの方針らしい。

「待たせてごめん。帰ろっか」

 二人して立ち上がって、扉の方へ向かうと、和玖君が立ち止まって、振り返った。

 顔が近づいてきて、彼がキスをしようとしているのがわかる。

 ふに、と柔らかく唇が触れて、離れた。近い距離で目が合って、あずみはドキドキした。

「廊下、誰もいなかったから」

 最近、前よりも更に背が高くなって、髪を切った和玖君は三年生だけでなく、一、二年の女子の間でもとても注目されていることを、本人は知らない。

 もう一度唇が触れた。さっきよりも少しだけ強めに押し当てられて、離れる。

 その感触はあずみの体の中をじわりと震わせた。

 目前にある切れ長の目が、じっとあずみを見つめたあと、ふいっとらされた。

 二人がキスをするようになってから、こういうことがよくある。

 唇が触れた後、好きという想いがあふれてあずみが和玖君を見つめると、彼は目を逸らしてしまうのだ。

 自分と一緒で恥ずかしいのかなと思ったけれど、なんとなくそれとは違う気もする。

(気持ちがなくなってきてる?でもキスはするし、話すときは前と変わらないよね)

 玄関に着くまでお互い無言で廊下を歩き、靴を履き替えて外に出ると、春のさわやかな空気に包まれた。

「そういえばね、陽菜が選書は私たちに任せるって」

「え、いいの?それなら好きにやらせてもらおうか」

 さっきあずみから目を逸らした和玖君は、いつも通りに戻っていた。それがわかって、キスの後に抱いたちいさなわだかまりがけていく。

「生徒のリクエストが優先だけど、その分を買っても余裕がありそうだよね」

「リクエスト自体、少ないからね。キングの新刊は?あの分厚いやつ」

「うーん、どうかな。みんな敬遠するかも」

「やっぱそうか。となると、漫画とか映画のノベライズが良いかもね、篠原さんが前に言ってたような」

 ノベライズは文章表現が平易へいいなものが多いし、人気作や話題作が元だから皆が手を伸ばしやすいのではないかとあずみは考えていたのだった。

 二人になった時、いつも最初はお互い緊張するけれど、とりあえず本の話をすれば、その後は違う話題でもスムーズに話せるようになるということに、最近あずみは気がついた。

 三年生の最初の2か月は、そんな調子で楽しく過ぎて行った。


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