【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

花とみつばち 2

 あずみもけっこう食べる方なので、本当は目の前の弁当にプラスして余裕でひと袋食べられる自信があったけれど、さすがに申し訳ないし、大食いに見られるのが恥ずかしかったので半分だけもらうことした。

「あ、そうですか」

 和玖君はあっさり引き下がると、500mlサイズの紙パック牛乳のてっぺんに刺さったストローを口に含み、ごくごく飲んだ。

 彼の女の子みたいに細く白い首の、のどぼとけがそれに合わせて上下している。

 あずみのクラスの男子はあぶらっぽかったりざらついた肌の子が多いけれど、彼の肌は陶器みたいになめらかだった。

 それをぼんやり見ていたあずみはなんだか急に恥ずかしくなってしまい、お弁当に集中しようとした。

(なんだろ。なんか、緊張する)

 友達といるとき、いつも自分はどんな顔をしてお弁当を食べていただろうか。

 そう考えながら口の中の卵焼きを飲み込もうとしたら、思い切りむせてしまった。

 いきなりゲホゲホし始めたあずみを見て和玖君は目を丸くし、「大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。

 答えるかわりにかろうじて首を縦に振ってだいじょうぶ、と伝える。

(なんでこのタイミングで!恥ずかしすぎる…)

 呼吸が落ち着いてから、持ってきたお茶をごくごく飲んだ。

 ふう、とため息をついて息を整える。『あーびっくりした』的なことをなにか言うべきか迷ったけれどやめておいて、あずみはお茶をもうひと口、ゆっくりと飲んだ。

「…そういえば」

 あずみが完全に落ち着いたタイミングで、和玖君が静かな声で言った。

「貸し出しの記録でたまたま見たんですけど、篠原さん、今トリフィド読んでるんですね」

「え、和玖君も読んだことあるの」

「うん。親父がSF好きで、うちにもあって」

 和玖君の言うトリフィドというのは、あずみが昨日読み終えたばかりの食肉植物の出てくるSF小説だった。

 活字ばなれが進んでいる中でも、特にSFというジャンルは人気がなくなっていると聞く。数十年前に出版された海外SFをまさか目の前の同級生が読んでいるとは思わなかった。

「私も、昨日読み終わったんだ。すごくハラハラした。続きが気になって、夜ふかしして読んじゃった」

 口に出してから自分のボキャブラリの貧相ひんそうさが恥ずかしくなって、「なんか小学生みたいな感想になっちゃったけど…」と付け加えた。

 和玖君はたいして気にした風もなく、それどころか「わかる」と目を輝かせた。

 彼の顔をまともに見たのはそれがはじめてだった。

 目つきがよくないと思っていた切れ長の瞳は、こうしてみるとまったくそんなことはなかった。むしろ、彼の薄くも濃くもない目鼻立ちは整っているという言葉がぴったりのように思う。

「人類のほとんどが盲目もうもくになって、そこに自分で動ける食肉植物が、ていう絶望感がもうすごかったよね」

 和玖君が言い、あずみは頷いた。

「ね!主人公が街で見かけた目の見えないおばあさんに豆の缶詰を開けてあげるシーンとか、もう切なかった。そんなことしてもおそらく長くは生きられないってわかりきってる感じが」
 
 読んだ時の興奮がよみがえってきて、あずみはため息をついた。和玖君もうんうんと頷いている。にわかに興味が湧いて、あずみはたずねた。

「和玖君は他にどんな本を読むの?」

 そこからは読書の話で盛り上がった。二人とも手を出している出版年代の範囲がだいたい同じで、知っている作家、好きな作家も共通するものが多かった。

 芥川龍之介や太宰治なんかの近代文学はまだあまり読まないけれど、ちかぢか挑戦してみようと思っていること。

 三年生で図書委員になったら図書室に置く本の選書が出来るので、今から何が良いかいろいろ考えていることなどを二人で話す。

「すみませーん、本を借りたいんですけど」

 女子生徒の声が図書室の方から聞こえて、あずみと創太郎は顔を見合わせた。盛り上がっていて気がつかなかったけれど、壁にかかった時計を確認するともう開室の時間になっている。

「俺、行ってくるよ」

 お弁当を食べ終えていないあずみに気をつかってくれたのか、和玖君は食べたあとをさっと片付けて図書準備室を出ていった。

 彼の座っていたパイプ椅子の背もたれに、詰襟つめえりの上着が残されている。それを見ると、読書のことで話の合う友達が出来たことへの嬉しさがこみ上げてきた。

 クラスの友達や、同じ図書委員の陽菜とも気は合うし話していて楽しいけれど、みんなあまり本を読まないから、本の話は出来ない。

 それから月に一度か二度、カウンター当番が一緒になるたびにあずみと和玖君は読書の話で盛り上がった。

 秋がぐっと深まって、冷たい空気に冬の気配を濃く感じ始めたころ、あずみは自分が和玖君のことを好きなのだと自覚した。

 きっかけは同学年のバレー部の男子生徒があずみのことを好きだ、と告白をしてきたことだった。

 図書委員会が隔週かくしゅうで発行している新聞に、「部活動にはげむ生徒がおすすめする一冊」というバトン形式の連載があって、前号でインタビューにこたえてくれた女子バスケ部の子がバトンを渡したのがこの男子生徒だった。

 今回その連載の編集を任されていたあずみは、他クラスだった件の男子生徒にアポをとり、部活中にインタビューをしに行ったのだけれど、体育館の裏玄関についてきて欲しいと言われた。

『付き合って欲しい』と言われた時には、何よりもまず驚きが先に来た。

 なにしろあずみはその男子生徒と話したことがなく、顔を見たことがあるという程度だったから。

(どうしよう、なんて言ったらいいんだろう)

 その男子生徒はバレーボールをやっているというだけあって背が高く、整った顔立ちをしていた。

 うちの学校はもちろん、他校の女子からも人気があると聞いたことがある。

 でも、私の本の好みや好きな食べ物も知らないで、どうやって好きになったというんだろう。
 
 この人は和玖君と違う。だから、お付き合い出来ない。
 
 瞬時にそう考えた自分に気づいて、愕然とした。

 目を見開いて固まったあずみの動揺には気がつかなかったらしく、男子生徒ははにかんだ様子で『どうかな』と返事を催促した。

「あ…ご、めんなさい。お付き合い、出来ないです」

 最低限の単語をつなぎ合わせて答えを告げると、あずみは相手の顔を見ないようにしてその場から立ち去った。

 告白をされて恥ずかしい気持ちと、和玖君のことが好きなのだと気づいてしまったことに対する動揺が合わさって、頭がぐちゃぐちゃになる。

 取材用に持ってきていた旧式の重たいデジタルカメラの、ネックストラップが首に食い込んで痛い。

 とりあえずこれを図書準備室に返して、今日は帰りたい。

 シフト表を見た記憶では、今日の放課後のカウンター当番は陽菜だった。陽菜の顔を見て、くだらない話をちょっとして、いつもの自分を取り戻してから帰ろうと思った。

 図書室の戸を開けると、カウンターに座っていたのは陽菜ではなく、よりにもよって和玖君だった。

 和玖君はカウンターで本を読んでいて、戸が開いた音に気がつくと、こちらをちらりと見て「お疲れ様」と言った。










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