【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

1章 花とみつばち 1

 昼休み、今日は図書室のカウンター当番だった。

 活字ばなれが進んでいるとよく聞くけれど、あずみの通う中学校でも、本を借りに来る人は全然いない。こんなたくさんの本が無料で読み放題だというのに、どうしてみんな本を読まないのだろう。
 
 昨日から読み始めた、SF小説のページをめくる。

 世紀の天体ショーといわれた流星群の光によって、一夜にして盲目もうもくとなってしまった人びとに、食用油脂しょくようゆしをとるために品種改良された食肉植物が襲いかかる。運よく失明をまぬがれた主人公はそれを助けようとするが…。 
 
 あずみは食らいつくようにして文字を読み進めた。

「ねぇっ、聞いた!?」
 
 同じカウンター当番の陽菜ひなが入ってくるなり、興奮しながら言う。

「…お静かに」

 せっかく良いところだったのに、自分よりも興奮した人間に急に声をかけられたせいで、現実の世界に引き戻されてしまった。

 ちょっぴりの恨みを込めて、しぃっ!と人差し指を口に当てる。
 
 陽菜は素直に両手で口を押えたものの、早く話したくてたまらない!というのが全身から伝わってきて、あずみは苦笑した。

 本を読む以外に娯楽の少ない生活だったので、先ほどの態度とは裏腹に期待をこめて訊ねる。

「…なに、知らない。どうしたの?」
 
 陽菜は誰もいないよね、と言いながら図書室をみわたすと、内緒話をするようにあずみの耳元に口を近づけた。
 
 あずみも興味津々で耳をすませる。

岸田きしだ先輩がね、和玖わく君に告白したんだって!見ちゃった子がいるらしい」
 
 岸田先輩と和玖君は同じ図書委員の人たちで、岸田先輩は三年生で委員長、和玖君はあずみや陽菜と同じ二年生だった。

「えっ!なんか意外。岸田先輩って高嶺の花と言うか、綺麗すぎてちょっと近寄りがたい感じだよね」

 その岸田先輩がなぜ、和玖君に?とあずみは思う。

 あずみ自身も、和玖君ともペアになってカウンター業務をこなしたことが何度かあるけれど、ほとんどしゃべったことがない。

 小柄で細く、背はあずみと変わらないくらい。やや長い前髪の奥に見える目は切れ長と言えば聞こえは良いけれど、正直目つきが悪いという表現の方がしっくりくるとあずみは思っていた(和玖君ゴメン)。 

「それで、付き合うことになったの?」
 
 あの岸田先輩に告白されたのなら当然そうなるだろう、と考えながら訊く。

「いやそれがね、振っちゃったらしいよ、和玖君」

「えーっ!なんで?もったいない!」

「お静かに」

 興奮して声が大きくなったあずみに、今度は陽菜がしぃっと人差し指を立てた。

「…すみません」
 
 小声で謝りながら頭を下げるポーズを見せると、陽菜が続けた。

「なんかね、好きな人がいるからごめんなさいとか、そういう雰囲気だったって。先輩泣いてたみたいよ」

「でも、岸田先輩でしょ?私が和玖君なら、好きな人がいても先輩と付き合うと思う。というか、告白された瞬間に先輩の方を好きになると思う」

「ねーっ、わかる!とりあえず付き合っちゃうよね、だって先輩キレイだもん」

 ふたりとも好きな人すらろくに出来たこともないのに、勝手な事を言って盛り上がった。
 
 そのあと、午後の予鈴よれいが鳴るまで結局図書室には誰もず、食肉植物に襲われる人びとのこともすっかり忘れて、あずみは陽菜と恋愛談議に花を咲かせた。
 
 
 
 そんなことがあってから、一週間後。
 
 小さな学校なので、週に一度はカウンター当番が回ってくる。あずみは昼休み前の英語の授業中、今日は当番だったと唐突に思い出した。危なかった。たしか今日ペアを組むのは和玖君だ。
 
 チャイムが鳴るとあずみはすぐに教室を出た。混み合う前の洗い場で手を洗い、ハンドタオルでごしごし水分をぬぐいながら、図書準備室に向かう。

 当番の図書委員は昼食を図書準備室で食べても良いという慣例があって、それが特権みたいでなんだか楽しい。

 当番の日、あずみは必ずお弁当を準備室で食べていたけれど、そこに和玖君が来たことはない。彼とペアの日はいつも一人のお弁当だった。
 
 カウンターの奥にある準備室の扉を開けると、長机のパイプ椅子に細身の男子生徒が座っているのが目に入る。
 
 和玖君だった。

(珍しいな…)

 和玖君は入ってきたあずみをちらりと一瞥すると、すぐに目を逸らした。

「…お疲れ様でーす」

 なんとなく緊張しながら彼の手元を見やると、某有名製パン会社のいちごジャムサンドが4袋もある。

「…わ、こんなにいちごサンド食べる人初めて見た」

 思わず口にしてしまったのが気にさわったのか、和玖君がじろりとこちらをにらんだ(気がした)。

「あ、ごめんね、勝手に見ちゃって」

 謝りつつ、あずみはななめ向かいの席にいそいそと腰を下ろす。

 視界のはしにいちごサンドのパッケージが映る。4袋全部いちご味。横には500mlの牛乳が置かれていた。

(甘党だなぁ。それに意外とたくさん食べるんだ)

「…いちごサンド、今はまってるんだ」

 和玖君がぽつりと言った。

「そうなんだ!美味しいよね、パンがもっちりふわふわして、端がきゅっととじてあって。私も好き」

 思いがけず彼が話しかけてきたことに驚きながら、あずみはあいづちを打った。

 彼から返答はなかったけれど、とくに続くような会話でもなかったので別に気にとめず、お弁当が入った巾着のひもをいた。

 弁当箱のふたを開ける。この瞬間を、あずみは毎日楽しみにしていた。

(わーい、からあげが入ってる)

 からあげ、甘い玉子焼き、ミニトマト、ブロッコリー、ピックに刺さった枝豆、きんぴらごぼう。

 お弁当のお手本みたいな内容だった。心の中で母に感謝して、お箸を取り出す。

「…からあげ、うまそう」
 
 口に出すつもりがなかったのが漏れてしまったのか、言ってから和玖君ははっとし、「ゴメン、何でもないです」と言って顔を伏せてしまった。

(た、食べたいのかな)

「あの…ひとつ食べる?」

「え。いいの」
 
 あずみは弁当箱のふたの裏にいちばん大きなからあげをのせ、「はい」と差し出した。

「どうぞ」

「…ありがとう」
 
 和玖君は受け取ると、小さな声でいただきますを言ってからあげをかじった。
 
 あずみも自分の分をぱくりとかじる。衣の端がまだわずかにカリッとしていて、美味しい。

「うまい」
 
 思わずといった様子で、和玖君が感想をもらす。

「そう?お口に合ったみたいで良かった」
 
 彼に対してとっつきにくい印象を持っていたけれど、少しはというか、だいぶ歩みよれた気がして心があたたかくなった。

(なんだか、野良猫がなついてくれたみたい…)
 
 それきりお互いに無言になり、もくもくとお弁当を食べていると、未開封のジャムサンドが差し出された。

「お礼に。どうぞ」

「え、そんな、いいよ」

「いや。あのからあげにはこれくらいの価値があったので。等価交換とうかこうかんです」
 
 妙にかたくるしい口調で和玖君は言った。彼なりに最大級の謝意を表しているんだろうな、と察する。

「じゃあ、ひと袋はちょっと私には多いから、ひとつだけもらうね」




コメント

  • 梅川いろは

    ご指摘ありがとうございます!!
    すぐに直させていただきます。

    1
  • こうとう ゆたか

    高値の花→高嶺の花

    だと思います。

    1
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