故郷

文戸玲

追憶①


 青色の絵の具が乗ったパレットの上に水を垂らしたような,優しい色をした春の空に柔らかい日差しを放つ淡い黄色を帯びた太陽が浮かんでいた。その下の川辺にはきれいに刈られた雑草が夏を待ちわびて向こうの方まで広がっている。その中に,5歳ほどの少年がその身体には見合わない大きな釣り竿を肩にかけて立っている。そして,川の真ん中をめがけて綺麗な音を鳴らして竿を振る。すると,ぽちゃん,と浮きが気持ちの良い音を響かせて沈んでは浮かぶ動きを繰り返した。
 竿を投げたこの少年が啓介である。啓介と知り合った時,おれも同い年ではあったが通う幼稚園が違ったため初めて見る顔にびっくりした。もう30年近い昔のことになる。その頃はまだ父も生きていたし,家もにぎやかでゆとりのある暮らしぶりだった。大手企業で部長を務めていた父の会社の雲行きが怪しくなってきたのもこの頃だったはずだ。ちょうどこの日は父の昔使っていた川魚を捕まえる割りばしに糸を括り付けてえさを先端に絡ませたものを水の中にたらすだけのものを持ち出したところだった。父はそれを使うことを許さなかった。水辺で遊ぶのは危ないからやめろというのが言い分だったが,それなら父に来てほしいとお願いしたが,釣り竿でもないものを持って釣りをするのは釣れなくて退屈をするだけだといった。それなら釣り竿を買ってくれと言ったが,それも叶わなかった。そんなころに啓介と出会い,釣り竿を貸してくれて一緒に遊べる同級生と仲良くならないはずはなかった。
 

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