故郷

文戸玲

到着②

 近況報告がひと段落すると,とうとう引っ越しの話になった。おれは,新居は年度内に完成すること,二世帯住宅でオーダーメイドで建てるため暮らし向きに不便はないだろうということ,いりそうな家具も準備する手配はしていること,まだ必要なものはいらないものを売り払って足しにすればよいことなどを話した。母は特にそのことに対して異論はなさそうだった。

「落ち着いたらご近所さんにあいさつ回りをして,お土産を渡してこっちに来るんだよ。迷惑をかけたこともあっただろうから」

と母は言った。都会で暮らしていると,極力不要な人付き合いは避けたくなる。実際にお菓子を持って引っ越しの挨拶をする気などまるでなかったが,ここで生まれ育った母からしたら非常識で無礼極まりない行動だろう。その場しのぎで「そうするよ」と答えておいた。

「それから,啓介くんがあそこに家を建てるって。なかなか大きな土地だけれど,あれで三人で住むっていうんだからねえ。これから子どもが増えるのかもしれないけれど,まあ立派な家が建つんだろうよ。啓介は買い出しに出てってもう少ししたら戻ると思うけど,啓介くんのとこの勇人を預かっているんだ。お前は会うのが初めてだろう? 啓介くんが会いたがっていたよ。ここに二世帯住宅を建てるって言ったら喜んでいたよ」

母の言いぶりからすると,啓介はしばらく前かこの町で土地を探していて,ここの区画に家を建てるようだ。土地の大きさ,日当たりのよさ,高さがうちよりも出ていて洪水に見舞われる心配がないことなどから土地だけで二倍以上の値段の差があった。理想を言えばそこに建てたかったが,誰が土地にそんな値段がかけられるんだと妻と言い合っていた。その一週間後に「土地が売れた」と聞いた時には度肝を抜かれた。まさかそれが啓介だとは。そんなことを思っていると,脳裏に不思議な画面が繰り広げられた。

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