独身男と世界一知らない国のお姫様
第1話 卵かけご飯
「こんなところが…………こんなボロアパートの目の前がわたくしの死に場所ですの………?」
もうすぐ入学シーズンを迎える3月下旬。仕事帰りの新井剛は、住んでいるアパートの目の前で行き倒れている女の子を見つけた。
髪は鮮やかな金髪をこれでもかと巻き上げて、顔立ちは整った色白だが、身につけている白地に青いデザインのドレスは砂だらけだ。
その女の子は、今にも死にそうな顔。鳴り止まないお腹を押さえながら、剛に向かって助けを望んでいた。
「そこのメガネ………。わたくしはとても空腹ですの。飯プリーズ……飯プリですわ……飯をよこしやがれですわ………」
「死にかけてるところ悪いけど、口の聞き方には気をつけな、お嬢ちゃん」
そう言って剛は彼女を踏み越えながら、自分の部屋の玄関を開けた。
しかしその残った足を女の子は死に物狂いで掴む。
「わたくしを助けておいて損はありませんことよ」
「と、言いますと?」
「………こう見えても一国の姫なのですわよ」
女の子のその言葉はとても信じられそうになかったが、ドアのすぐ向こうで死体が転がるのは嫌だと、仕方なく剛はその女の子を部屋に招き入れた。
家賃3万5千円。1DKに小さなロフトが付いたアパートの一室である。
空腹過ぎて自分の力では動けないとぐずる女の子を引きずり、とりあえず小さな四角いガラステーブルの前に座らせた。
そして、剛は冷蔵庫を開ける。
そこには昨日炊いた残り物の白ご飯と卵、そして醤油しかなかった。
「卵かけご飯でいい?」
「なんでもいいから出しやがれですわ」
「だから、口の聞き方には気をつけな。………はいよ」
レンジで1分温めた茶碗1杯分のご飯に、小さな器に入れた卵1個を彼女の前に差し出した。
「なんですの? これでどうしろと言いますの?」
「卵かけご飯知らないの?」
「卵かけご飯………? 初めて聞く言葉ですわ」
「知らないのか? まずは卵を割って、いい具合になるまで箸で溶く」
剛はちょっと信じられないといった表情で女の子の方を見ながら、器の卵を綺麗に割り、100円ショップで購入した茶色の四角箸でチャカチャカと音を立てながら卵を溶いていく。
「だいたい卵が溶けたらご飯の真ん中に軽く穴を開けて………今溶いた卵を流し込む。円を描くようにね。………そして最後に醤油を全体的にひとたらし……。ほい、卵かけご飯完成! 」
それを見た女の子の表情が歪む。
「ぐちゃっとしてなんとも言えない見た目ですわねえ。食欲がなくなりますわ………」
ぐぐぅー………。
「強がるな。腹の虫が鳴いてるぞ。まあ、今この部屋にある食いもんはこれだけなんだから、諦めて食べてみなって」
剛が少し優しげに微笑むと女の子はあきらめたようにしてため息を吐き、卵かけご飯の茶碗を手前に引き寄せた。
「この長い棒はどう使えばよろしいの? スプーンはありませんこと!?」
「分かったよ。………はい、スプーン」
「なんですの、コレ!! スプーンに排泄物が付着していますわよ!?」
「そんなわけないだろ。カレーだよ、カレー。昨日のやつ。ちょっと洗い残しただけだって」
剛は台所に向かい、蛇口を捻って出た流水のみで、スプーンを指で擦るようにして汚れを落とした。
そして、いつ洗ったかは分からない布巾でスプーンの水気を拭くと、それを女の子に渡した。
「そ、それでは、いただきますわ……あーん……」
女の子はスプーンの半分程に卵かけご飯をすくい、垂れた金色の髪の毛を手で押さえながら、それを恐る恐る口に運んだ。
「…………もぐもぐ。…………ん?」
口に含んで数回噛み、女の子の表情が変わる。
眉間に寄っていたしわが直り、目を見開く。
「なんですの、コレ!! クッソうめえですわー!!」
「うわっ、きたねっ! ご飯粒飛ばすなよ!!」
女の子はそんなことはお構いなしに、自らの左頬に手を当て恍惚の表情を浮かべる。
「なんて美味なのでございましょう。炊きたてのご飯をまろやかな卵液が包み込み、お醤油の程よい塩分が絶妙なハーモニーを奏でていますわ」
「炊きたてのご飯じゃないけどね」
「これはまるで、夕焼けの光に包まれた白き女神のよう。こんなに美味しいものは初めて口にしましたわ……。スプーンが止まりませんわね」
女の子は一通り感想を述べると、スプーンを激しく動かし、卵かけご飯を掻き込むようにしてバクバクと食べ進める。
そしてあっという間になくなった。
「メガネ。なかなかやりますわね。お代わりを所望致しますわ」
「ご飯がもうないんだよ」
もうすぐ入学シーズンを迎える3月下旬。仕事帰りの新井剛は、住んでいるアパートの目の前で行き倒れている女の子を見つけた。
髪は鮮やかな金髪をこれでもかと巻き上げて、顔立ちは整った色白だが、身につけている白地に青いデザインのドレスは砂だらけだ。
その女の子は、今にも死にそうな顔。鳴り止まないお腹を押さえながら、剛に向かって助けを望んでいた。
「そこのメガネ………。わたくしはとても空腹ですの。飯プリーズ……飯プリですわ……飯をよこしやがれですわ………」
「死にかけてるところ悪いけど、口の聞き方には気をつけな、お嬢ちゃん」
そう言って剛は彼女を踏み越えながら、自分の部屋の玄関を開けた。
しかしその残った足を女の子は死に物狂いで掴む。
「わたくしを助けておいて損はありませんことよ」
「と、言いますと?」
「………こう見えても一国の姫なのですわよ」
女の子のその言葉はとても信じられそうになかったが、ドアのすぐ向こうで死体が転がるのは嫌だと、仕方なく剛はその女の子を部屋に招き入れた。
家賃3万5千円。1DKに小さなロフトが付いたアパートの一室である。
空腹過ぎて自分の力では動けないとぐずる女の子を引きずり、とりあえず小さな四角いガラステーブルの前に座らせた。
そして、剛は冷蔵庫を開ける。
そこには昨日炊いた残り物の白ご飯と卵、そして醤油しかなかった。
「卵かけご飯でいい?」
「なんでもいいから出しやがれですわ」
「だから、口の聞き方には気をつけな。………はいよ」
レンジで1分温めた茶碗1杯分のご飯に、小さな器に入れた卵1個を彼女の前に差し出した。
「なんですの? これでどうしろと言いますの?」
「卵かけご飯知らないの?」
「卵かけご飯………? 初めて聞く言葉ですわ」
「知らないのか? まずは卵を割って、いい具合になるまで箸で溶く」
剛はちょっと信じられないといった表情で女の子の方を見ながら、器の卵を綺麗に割り、100円ショップで購入した茶色の四角箸でチャカチャカと音を立てながら卵を溶いていく。
「だいたい卵が溶けたらご飯の真ん中に軽く穴を開けて………今溶いた卵を流し込む。円を描くようにね。………そして最後に醤油を全体的にひとたらし……。ほい、卵かけご飯完成! 」
それを見た女の子の表情が歪む。
「ぐちゃっとしてなんとも言えない見た目ですわねえ。食欲がなくなりますわ………」
ぐぐぅー………。
「強がるな。腹の虫が鳴いてるぞ。まあ、今この部屋にある食いもんはこれだけなんだから、諦めて食べてみなって」
剛が少し優しげに微笑むと女の子はあきらめたようにしてため息を吐き、卵かけご飯の茶碗を手前に引き寄せた。
「この長い棒はどう使えばよろしいの? スプーンはありませんこと!?」
「分かったよ。………はい、スプーン」
「なんですの、コレ!! スプーンに排泄物が付着していますわよ!?」
「そんなわけないだろ。カレーだよ、カレー。昨日のやつ。ちょっと洗い残しただけだって」
剛は台所に向かい、蛇口を捻って出た流水のみで、スプーンを指で擦るようにして汚れを落とした。
そして、いつ洗ったかは分からない布巾でスプーンの水気を拭くと、それを女の子に渡した。
「そ、それでは、いただきますわ……あーん……」
女の子はスプーンの半分程に卵かけご飯をすくい、垂れた金色の髪の毛を手で押さえながら、それを恐る恐る口に運んだ。
「…………もぐもぐ。…………ん?」
口に含んで数回噛み、女の子の表情が変わる。
眉間に寄っていたしわが直り、目を見開く。
「なんですの、コレ!! クッソうめえですわー!!」
「うわっ、きたねっ! ご飯粒飛ばすなよ!!」
女の子はそんなことはお構いなしに、自らの左頬に手を当て恍惚の表情を浮かべる。
「なんて美味なのでございましょう。炊きたてのご飯をまろやかな卵液が包み込み、お醤油の程よい塩分が絶妙なハーモニーを奏でていますわ」
「炊きたてのご飯じゃないけどね」
「これはまるで、夕焼けの光に包まれた白き女神のよう。こんなに美味しいものは初めて口にしましたわ……。スプーンが止まりませんわね」
女の子は一通り感想を述べると、スプーンを激しく動かし、卵かけご飯を掻き込むようにしてバクバクと食べ進める。
そしてあっという間になくなった。
「メガネ。なかなかやりますわね。お代わりを所望致しますわ」
「ご飯がもうないんだよ」
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