実況!4割打者の新井さん

わーたん

ビクトリーズはダメなのか。

「9回表、ビクトリーズの攻撃は3者凡退で、スコアは4ー3のまま9回ウラ、横浜ベイエトワールズの攻撃が始まります。

ビクトリーズのマウンドには、背番号21。守護神の岸田が上がっています。一時期ちょっと投球バランスが崩れていたんですが、この岸田はリ・ロンパオとは逆にこの夏場に入るところで持ち直して参りました。非常にこのところのピッチングは安定しております」


「そうですねえ。今ビクトリーズ9連敗中ですから、調子がいいといってもタフなマウンドになりますよ。とにかく先頭打者でしょうねえ」


あと3人。1点差とはいえ、あとアウト3つで勝てる。

頼むよ、キッシー。なんとか抑えてくれ。3人くらい、ちょちょっと低めにフォークボールを投げればなんとかなるだろ?


とりあえず俺は、レフトからのお祈りに専念することにした。


グラブを外して膝をついて、天から見守る野球の女神様に思いが届くように。

俺はひたすらにお祈りしていた。


「空振り三振!! 最後は得意のフォークボール! いいところに決まりました!1アウトです!」


よし!ナイス!


「ピッチャー岸田、最近習得のハイブリッド投法です。左バッターに対しては、サイドスローからの投球!投げました! 詰まった打球! ファースト正面だ! シェパードがガッチリ掴み、ベースを踏んで2アウトです!」


よし、いいよ!!




「打った!ボテボテの当たり! サードの前だ!」

よっしゃ! 3人目も打ち取った! と思い、内野に向かって勝利のダッシュをする俺はだったが、予想以上に打球はボテボテと弱々しく転がる。

深めの守備位置だったサードの阿久津さんが懸命に前進、素手で転がる打球を掴んで、軽快なランニングスローをみせたが間に合わず、内野安打となってしまった。


そして次の打者に対して、3ボール2ストライク。フルカウントとなり。

キッシー渾身の右打者アウトコース低めいっぱいの148キロストレートが鶴石さんのキャッチャーミットにズドンと収まる。


「…………ボール!!」


まさかのボール判定。明らかに手が出なかった見逃した方をしたバッターが判定を聞いてから、ゆっくりと1塁へ歩いていく。


思わず、鶴石さんはボール判定した主審に振り返り、キッシーはマジかよと苦い表情わしながら帽子を外して、額の汗を拭った。

しかし、鶴石さんの確認も、主審はボールだよと首を横に振るばかり。


土壇場の土壇場。フルカウントになるまで、その付近のボール半個分のところを攻めぎ合っていたから簡単な判定ではなかったけれども………。


なんだか、ビジターならではボール判定というか。

もしこれがビクトリーズスタジアムでの1球なら、文句なしの見逃し三振。

そんな気がしてならなかった。


これも連敗中故の流れの悪さですか。





しかし、9回2アウト。あと1人から内野安打と雰囲気フォアボールで1塁、2塁。

アウトを取られた時は、あー!あー!とため息を吐いていた横浜ファンがこの土壇場にきてここぞとばかりに盛り上がる。


それでも次のバッターを仕留めればそれでオッケーという場面。俺もお祈りばかりしているんじゃなくてちゃんと守備に集中しようとグラブをはめ直した。

「3番、ライト、梶山」

1打同点、1発が出ればサヨナラ。そんな場面で相手は3番打者。ここまでいいとこなしのノーヒットだが、それが逆に怖い。意外性と長打力が持ち味のバッターだし。

左打席に入り、バットを構えるその姿にいかにも打ちそうな雰囲気があった。

「ピッチャー岸田、投げました! 低め変化球!」

カンッ!

そのバッターが、初球低めの難しい球を手を出してくれた。

決して捉えた当たりではない。平凡なゴロが1、2塁間に向かって転がっていく。


よし、勝った!!俺は今度こそ勝利のダッシュ。ユニフォーム姿のまま、横浜の夜の街へ繰り出す勢いの猛ダッシュ。


ファインプレーした、前の回のゴロより幾分優しい打球。セカンドの守谷ちゃんが余裕を持って回り込む。

バシッ! っと胸の辺りで打球を掴み、しっかり1塁方向へステップし、丁寧に送球。












それが、大暴投になった。

          

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