実況!4割打者の新井さん

わーたん

コーチからお小遣いもらった新井さん

「あー、たい焼きが全部なくなってる!」

マシン打撃なんて適当に終わらせて、急いで愛しのたい焼きちゃんの元へ駆け寄ったが、紙袋の中身はからっぽになっていた。

ひどい、ひどすぎる。10コ買ってきて、まだ1コしか食べてなかったのに。

俺がバッティング練習をしている間に汚い大人達が寄ってたかって俺のたい焼きちゃんを………。

この恨み、どうしてくれようか………。


まあ、今日は急遽開催された自主練習だから、クラブハウスの食堂がやってなくて、みんな腹が減っているのは分かりますけれども……。

「分かったよ、新井。俺が悪かった。ほら、金やるからまた買ってこい」

最初にたい焼きを食べた打撃コーチがさすがにちょっと責任を感じたのか、ユニフォームおケツポッケから財布を取り出し、1000円札を3枚、人工芝にひっくり返って泣きじゃくる俺に差し出した。

「え? コーチ、いいの?」

「ああ、俺が食ってたのをみんなが見てたからこんなことになったんだからよ」

そう言われ、俺はありがたく3000円を受け取る。

「ありがとう、コーチ。安心して下さい! これから俺が打ちまくって、決してコーチをクビにはさせませんから!」

「あ、ああ。釣りはいらねえから、休憩がてらみんなの分も買ってこいよ」

「分かりました! じゃあ、行ってきます!!」

嬉しいあまり、走力Sになった俺は、ユニフォーム姿のままダッシュで室内練習場を出た。イエーイ!!













「俺をクビにはさせねえか。嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」










「たっいやき! たっいやき!」

俺は室内練習場を出て、ルンルンとスキップしながら、ビクトリーズスタジアム前を歩いていると。

「すみません!」

すれ違おうとしていた女性に声を掛けられた。

「新井………選手ですよね!」

「違います!!」

「逃げないで下さい!!」

がっと腕を掴まれた。がっと。

なによ、めんどくさいなあ。こんな切羽詰まった時に。

「新井時人選手ですよね!」

なんだか希望に満ち溢れながら興奮が冷めやらないといった感じで、俺の右腕をぎゅっと掴んで、ワクワクが止まらない様子だ。

「君はだれ?」

「ファンです!」

ですよねー。

「今日は移動日だけどビクトリーズスタジアムで練習があるって聞いたんでこの辺をうろうろしてました!新井選手に会えるなんて感動です!」

「あ、そう。よかったね」

おかしいな。

今日、自主練習があるなんて、ファンが知るはずないのに。

「柴崎選手のブログを見ていたら、今日練習があることを呟いていたんで!」

柴ちゃんめ。愚かなことを。

ブログなんて更新してないで、練習をしなさい、練習を。

「そうなんだ、柴ちゃんのファンなの? 柴ちゃんなら、ここよりあっちのサブグラウンド近くに行ったら、もしかしたらちらっと見えるかもよ?」

「いえ! 私、新井選手のファンなんです!」

ええー……。

悪いことは言わないから、俺はやめとけ。






「私、新井選手のことならなんでも知ってますよ! 好きなテレビゲームとか、学生時代のニックネームとか……………好きな焼き肉の部位とか!」

そんなの言った覚えないんだけど。

なに、好きな焼き肉の部位って。

「とりあえず、あれだね。サインとかしてあげよっか?」

「えっ、いいんですか! お願いします!」

適当にサインすれば満足して帰っていくだろうと思い、俺はそう言ってみたのだが、女性はカバンを勢いよくごそごそし始めた。


そして色々取り出す。

サイン色紙、ペン、ボール、球団ロゴが入ったタオル、無地のTシャツなどなど。

まるで今日こうなることを分かった上で、俺をきっちり待ち構えて用意していたんじゃないかと勘ぐってしまう。


まあ、恐らくそうなんだろうけど。やっぱりファンは大切にしなくちゃいけないからね。

「あの、まずは色紙からお願いします!」

ああ、全部にサインするのね。

苦し紛れながら、自分からサインしてあげよっかなんて言い出したからな、文句は言えない。

俺は近くのベンチに腰を下ろし、色紙を膝に置いてペンを握る。



うーむ。そういえば、こうやって色紙にサインするのは初めてだな。

みのりん達に初ヒットのボールにサインしてあげたりはしたけど、どうやって書こうかなあ。

「あの、みさきへって書いてもらえますか?」


「みさき? 君の名前?」

「はい!」


          

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