実況!4割打者の新井さん

わーたん

ボンビーな新井さん2

「へー。こんなところに食べ放題出来る店があったんだね。君は1人で食べるつもりだったの? 彼氏はいないの?」

間を置かずに切り込むように意地悪な聞き方をすると、彼女は持っていたバッグで俺を軽く小突いた。

「どーせ彼氏なんていない1人ぼっちですよー、ふーんだ!」

俺をバシーンと叩き、舌を出して俺を睨み付ける。

「へ、べつにいいんです! 今は男なんかより、仕事の方が大事ですから!」

そう強がっていながらも、彼女は少し焦るように赤い顔をしている。本当に彼氏はいないと俺に主張しながら。

いや、そんなに馬鹿にしたつもりはないんだが。まあ、いないなら仕方ない。俺も仲間だ。

「新井さん、あなたの電話鳴ってません?」

「あ、ほんとだ」

彼女が指差した俺のズボンの左ポケット。俺のケータイが震えながら着信音を放っていた。

着信はビクトリーズの球団事務所から。

めったにかかってこない事務所からなんて、一体何の用事だろうか。

監督やコーチからならまだしも、一応は雇い雇われの関係なので、スルーは出来ない。

俺は電話に出た。

「はい、もしもしー」

「もしもし、新井君かい? 久しぶりだね、林田です」

電話の相手は微妙に聞いたことのある男性の声。

俺は必死に入団契約した時に、オーナーの近くにいた気がする人を思い出した。

「新井くん、今日の12時、スタジアムの事務所に来て欲しかったんだけど、聞いてない?」


「え? 誰からです? 全然聞いてないっす」

「広報の宮森からだよ。ほら、札幌仙台の遠征で帯同していたでしょ? 新卒の女の子の………選手の栄養管理担当でもあって、ずっと一緒にいたはずだけど」


宮森? 誰ー?

と、思ったら………。

「…………あわわわ」

俺の目の前にいる彼女。彼氏なんていないと赤くなっていた顔色がみるみる青ざめていく。





「日曜日の試合が終わった後かなあ? ちょっと新井君に話さなければならないことがあったんでね、電話して、宮森と連絡取って新井君に伝えてもらうように頼んだんだけどねえ。……彼女忘れちゃったのかな?」

球団事務所のちょいお偉いさんの話を聞くに、今横にいて、ウキウキ気分でピザの食べ放題の店に入ろうとしていた彼女の伝言忘れのようだ。

俺のしている電話内容が彼女にも伝わっている様子で、あんなに楽しそうだった顔が地獄を見るような表情へと変わっていった。

「ごめんねえ。こっちの不手際で。でも、もうすぐ給与の振り込みがあるから、それまでに話さなければならないんでね。………今、12時回ったところか。……13時にスタジアムの事務所に来れる?」

「ええ。今、宇都宮駅前なんで、余裕っすよ」

「ああ、よかった。よろしくね。普段着でいいから。じゃあ、待ってまーす」


電話を切って、ケータイをポケットにしまうと、小娘もとい広報の宮森ちゃんは俺に向かって、ズバッと頭を下げた。さっきまで俺に向けていたような姿はない。

「ごめんなさい! 新井さん!! 私のミスです!」


「ああ、いいよ。別に、林田さんもそんなに怒ってるわけではなかったみたいだし」


「そうですか、よかったです」


彼女は乱れた髪の毛を直しながらほっとひと安心した様子だった。



「宮森ちゃんは、新卒でビクトリーズの広報部に入ったんだよね?」


「ええ、そうですよ」


「すごい優秀なんだね。なかなか未経験でプロ野球チームの球団職員、しかも選手との距離も近い現場広報担当なんてなかなかなれるもんじゃないよね!」


なかなか謝りモードを止めてくれないような感じなので、そんな風にちょっと煽てるようにして話を変えた俺。


「そ、そんな優秀なわけじゃないですよ。試しに応募してみたら上手くいっただけで……」


単純だが、わりと効果はあったみたいで、宮森ちゃんは少し照れながら、俺の腕を軽くはたいた。



しかしみのりんがどこで見ているか分からないので、キャッキャッウフフはこれくらいにしないと。

すぐそこの交差点まできたバスに乗っていけばちょうど13時頃にビクトリーズスタジアムに着くぞ。

「じゃ、俺はスタジアムに行くからこれで。食べ放題、楽しんでね」

立ち去ろうとする俺を宮森ちゃんは呼び止めた。

「私も一緒に行きます!」

「え?」

「私のミスですから、私がちゃんと謝らないといけないと思うので」

「別にいいよ。ほら、ちょいお偉いさんもそんな怒ってるわけじゃなかったし。昼飯にしようかなってタイミングだったから、むしろ13時の方が都合いいっ言ってたし」


「ダメです。ほら、あのバスに乗らないと。行きますよ」


宮森ちゃんは強引に俺の腕を引っ張りながら、その逆の手で持つバッグにもそれ以上の力が入っているように見える。

多分、明日になって1人で謝りに行くのが少し不安なのだろう。

まだ22歳の社会人成り立ての食べ頃娘だから仕方ないけど。

俺が一緒にいれば、彼女の不安が少しでも和らぐならば、それ以上のことはない。




しかし、腹減ったなあ。

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