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実況!4割打者の新井さん

わーたん

柴ちゃんに連れ出され……

「新井さん。栄養バランスには気をつけてと、ミーティングで話して、資料も配ったじゃないですか。どうしてこんなにお肉ばっかり取ったりしてるんですか。ちゃんとして下さいよ!」

「だって、食いたいんだもん」

「食いたいんだもんじゃありません。やはり、あなたを見張っていて正解でしたね。レストランに入る時にヘッドスライディングをするくらい調子に乗っているあなたを見て、きっとこんな無茶な料理の取り方をするじゃないかと思っていましたよ」

何を勝手に思ってくれてんねん。

「これとこれと、これも没収です」

ジャージ姿の女性はそう言って、せっかくきれいに盛ったステーキやローストビーフ、角煮や肉まんと小籠包までも、皿ごとひょいひょいと俺のトレイから奪い取っていく。

「いいですか。私の見張っているうちはちゃんとバランスのいい食事しか許しませんからね。覚悟して下さいよ」

女性は両手いっぱいに皿を持って俺にそう宣言した。

明らかに年下だが、まるで悪さをした弟を叱る姉のような目付きをしている。


今日はヒット2本打ったし、柴ちゃんがボーンヘッドしなければ猛打賞だったんだそ! 好きなものを腹いっぱい食って何が悪い。


しかし、本当にこの女性はいったい誰なのだろうか。チームジャージを着ているから、スタッフの誰かなのだろうが。



結局。油淋鶏しか残らなかった俺は落胆しながらさらにさっきのチームスタッフの女性が渡していた野菜プレートとほうれん草や海藻の和え物を仕方なく受け取り、テーブルへ向かう。

すったもんだしている間にチームメイトや監督、コーチ陣もぞろぞろと集まってきていたようで、多くがテーブルについている。

どこのテーブルに座ろうと辺りを見回していると、負け試合の後とはいえ、たいそう落ち込んでいる奴が端っこの方で、1人になっていたので、俺はそのテーブルに座る。

すると、もの思いにふけっていた柴ちゃんが急にやってきた俺に驚くようにして顔を上げた。

「新井さんすか、びっくりしたなあ」

「悪い、悪い。1人で珍しいなあと思って。いつもは浜出君や桃ちゃんと一緒なのに」

とりあえずそう切り出してみると、柴ちゃんは若干きまずそうにしながら、ナプキンを1枚手に取り、こぼしたよごれを拭き取る。

「いや、今日俺は一体何やってんだろうと思いまして。……新井さんには2度も迷惑掛けましたし、ヒット1本潰してしまって、ほんとにすんませんでした」

いつもは少しチャラチャラした軽いノリの男が本当に反省した様子で俺に頭を下げた。

しかし、今日を含めて、ここ最近の彼のプレーを見ていた感じ、調子が悪いとか、疲れがたまっているとかそういうのが理由ではなさそうだ。

きっと何かあるんじゃないかと思ったから、俺はこうして彼だけがいたテーブルに来てみたのだ。





せっかくの美味いメシを食っているのに、柴ちゃんはずっと下を向いて何か思い詰めている様子だ。

「柴ちゃん、何か悩みでもあるのか? 俺でよかったら話してみろよ」

「………えっ、まあ………その」

ちょっと動揺しながら言い淀んだ柴ちゃん。

「遠慮なんてすんなよ。入団テスト組の仲だろ?隠し事はなしだぜ?」

俺がそう言うと、持っていた箸を置いて、柴ちゃんはグラスに入ったお茶を1口飲んだ。

「実は…………彼女が浮気してるかもしれないんす」











なーんだ、女かよ。


しかも彼女って。



童貞ドラフト10位の俺の耳が一気に痛くなる。

浜出君や桃ちゃんがいる楽しそうなテーブルに移りたくなった。


「大学時代から付き合ってる彼女なんですけど、この前たまたま駅で、知らない男と会っている所を見てしまって…………」


「………あ、そう」


「そのことを聞いてみたら、何でもないってはぐらかすばかりで………ちょっとケンカになっちまいまして………」

「フーン………」


「実は彼女仕事で今、この横浜にいるんですけど………」


「本当は会いに行きたいけど、試合に負けて、しかも浮気疑惑でケンカ中だから、どうしよう………みたいな?」

「…………そんな感じっす……」

「会いに行ったらいいじゃん」

「………え?」

「彼女のこと好きなんだろ? その思いをぶつけろよ。浮気がなんじゃ。お互い大人の男女だろ? ちょっと浮気されたくらいでそんな怖じ気づいてどうする。……男なら己の気持ちを貫かんかい!!」


さっさとこの話を終わらせたかったので、適当に言ってやったのに。


柴ちゃんの顔にみるみるやる気が戻って………。

「そうっすよね! 今から彼女に会ってきます! 新井さんも一緒に行きましょう」


え? 俺も?

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