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実況!4割打者の新井さん

わーたん

ギャル美ちゃんのお節介。

「あら! なんであんたが朝からみのりと一緒にいるのよ! チョー、ウケるんだけど」

「げっ! ギャル美ちゃん!」

「何、その呼びかたー。チョー、ウケる! あたしは長谷川マイだってば!」

骨折した左手の存在を忘れて、山吹さんを小脇に抱えて、マンションに戻ると、山吹さんの部屋の前に、少し焼けた小麦色の肌と、ウェーブのかかったツヤツヤした黒髪をした、ギャル美ちゃんが待ちぼうけていた。

手にはパン屋さんのと思われる紙袋が下げらている。

「みのり、あんたの好きなパン屋の塩パン買って来たよ」

「ありがとう、マイちゃん。今、玄関開けるね」



「ありがとう、マイちゃん。俺の分まで」

「あんたの分はない。怪我してるんだから、早く走り込みしてこいっての!」

「はあ!?」

「はあ!?」

「…………」

「…………ふふっ。チョー、ウケる」




「はい、お待たせしました。どうぞ」

「いただきまーす!!」

これでもかと盛られた白飯のどんぶり茶碗が俺の目の前に置かれる。

肉じゃがを一口パクリと食べると、味の染みた豚肉とじゃがいもの旨味が口いっぱいに広がった。

そしてその勢いのまま、どんぶり茶碗の白飯を一気にかきこむ。一瞬でなくなった。

「おかわりー!」

「はい」

空になったどんぶり茶碗をみのりんが受け取り、ご飯をよそいに行く。

その様子を真正面で箸を持ったまま、ギャル美ちゃんが見つめていた。

「あんたよく食べるねえ。チョー、ウケる」

「まあ、野球選手と競走馬は食いッぷりが命だからな」

「なにそれ。ウマは関係ないじゃん。滑ってるし。チョー、ウケんだけど」

ギャル美ちゃんがそう言いながらも、パン屋の袋から取り出したパンを俺の目の前に置く。

「塩パンも食べてみ。チョー、美味しいから」


そう言われて食べた塩パンというやつ。サクサクの生地をかじると、中に美味しいやつとろっとが入ってた。

美味い。

「そういえば、あんた。年俸いくらだっけ?」

「320万」

「あ、そう。聞いたのあたしだけど、自分の年収を口にするのはためらいなさいよ。………それじゃあ、あなた月に5万円、みのりにお金を払いなさいよ」

「え!?」




「俺が山吹さんにお金を? どうして?」

「当たり前じゃん。あんた、毎日こうやって、みのりの作った美味しいご飯を食べてるんだから、お金を払うのは当然でしょうが。付き合ってるなら、話は別だけどね」

ギャル美のマイちゃんは、塩パンをかじりながら、イタズラに笑う。



野球の話をする代わりにご飯を作ってもらうという契約なんですけどねえ。


まあ、そんなガチな話をギャル美にするのも野暮なので。


とりあえずそういうことなら、今すぐにみのりんに告って横でイチャイチャしてやろうと思った。

しかし、わりかしギャル美ちゃんはショックを受けそうなのでそれを止めにして、俺はさっと部屋に戻り、お金を封筒に入れて持ってきた。

みのりんの部屋に戻り、俺がおかわりしたどんぶり茶碗と味噌汁を持ってきて、テーブルに座ったみのりんにお金の入った封筒を渡す。

「山吹さん! 好きです! 付き合ってくだ………じゃなかった。えっと、これからも美味しいご飯を食べさせて下さい!」

「…………え? えっと、あの……」

みのりんは困惑した。おろおろと目が泳いでいたが、ギャル美ちゃんが俺から奪い取り、封筒をみのりんに渡す。

「はい。このお金を使って、ちゃんとこいつにご飯食べさせてあげるんだよ。プロ野球選手は体が資本。特にこいつみたいに大きくない選手は、特に食事が大切なんだから。こいつがプロで成功するかどうかは、みのりのご飯にかかってるんだから、しっかり頑張りなさいよ」

「…………う、うん。がんばります……」

「あんたも!!」

「は、はい!」

ギャル美ちゃんはビシッと俺を指差す。

「絶対に今年中に1軍で活躍しなさい。あんた、今年で28でしょ! 戦力の乏しい初年度の新球団くらいしか、あんたの付け入る隙はないの。絶対に今年中に1軍でインパクトを残すのよ!分かった?」



「サー、イエッサー!!」








「新井くん!ラストや、ラスト!! 自分に負けんな! よっしゃあ! ゴールや! ようやった! お疲れさん!!」


「はあーっ! ひいーっ! はあーっ! ひいーっ!」


俺は2軍の練習場横にて、いつものように坂道ダッシュをこなしていた。


今日もその20本目。立て続けのトレーニングに俺はアスファルトの上に寝転ぶ。


「しっかり水分取るんやで。ほれ!」


関西弁のトレーニングコーチが、スポーツドリンクのペットボトルを投げてよこす。


俺はそれをごきゅごきゅと飲み干し、束の間の休息を得る。


そんな時だった。


「………あ、あの。もしかして……新井さん………ですか?」


背後から女性の声。聞き覚えのある声だった。


寝たまま振り返ると、ジーンズスカートにTシャツ姿。ハンドバッグを持った長身のポニーテールな女の子。


シェルバーというカフェで働いている女の子だった。


「練習お疲れ様です」


女の子は丁寧にお辞儀をして挨拶してきたので、俺も起き上がって正座をして答える。

「今日も美味しいホットサンドごちそうさまでした。おかけで元気に午後練させて頂いてます」


「いえいえいえ。とんでもないです。いつも私が作ったものを美味しそうに食べて頂いて……」


俺の社交辞令的な一言に、ポニーテールの女の子は少しだけ照れたような顔をした。


「いやいやいや。行く度に上手になってるから毎日楽しみで。それでどうしたの、今日は2軍の練習場なんかに」


俺がそう言うと、ポニーテールの女の子は口に手を当てて驚いたような表情を見せた。


「え!? ここって、ビクトリーズスタジアムじゃないんですか!?」


「え? う、うん。ただの2軍の練習場だよ。残念だけど」


          

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