実況!4割打者の新井さん

わーたん

忘れぬあの日2

翌日。



俺は人が変わったようだった。



練習は朝の8時開始であったが、7時前には練習場に入っていた。



同じく早入りしている若手の野手達に混じってキャッチボールやティーバッティングで体を動かす。



そして、2軍の全体練習が始まる前のグラウンドでの朝礼と声出しだけは参加して、ここぞとばかりに率先して手を上げてふざけまくる。



大きな円を描くように集まる2軍の連中の前に出て、流行りの歌を歌ったり、コーチや選手の誕生日を祝ったり。



そんなことをして、全体練習が始まる頃、俺はひっそりと練習場の外に出て、20キロのロードワークへと出発する。



昨日と変わらないトレーニングメニューだが、今日の俺は一味違う。



練習場から道路に出たこの瞬間にも、昨日の夜山吹さんに放たれた言葉が俺の脳裏に甦るのだ。



その言葉を思い出す度、悔しさが涌き出る度に、多少きつくなっても、俺の足は止まる事はない。



ビュンビュンと街中を疾走し、中間地点のコーヒーショップのポニテちゃんにも、昨日より早いですねと言われるくらい。



彼女が作ったというホットサンドを2つがっつくと、彼女にお礼を言うだけで、またすぐにロードワークへと戻る。





20キロを走り終えて、練習場に着いたのは、昨日よりも1時間早い。



次の筋トレメニューまでの時間も、ベンチ裏の大鏡の前に立ち、通常のバットより重さのある、マスコットバットでみっちりと素振りをしたのだ。



もちろん、眼鏡さんの言葉により思い出した、悔しさとやりきれなさを原動力にして。





そんなくらいに練習を頑張るようになるくらいきつい言葉を掛けられた山吹さんの部屋に行かなくてはいけないのはなかなかのドキドキ具合。







またなんか怒られるんじゃないかと、インターホンを鳴らしてから、そーっと彼女の部屋にお邪魔した。





玄関でサンダルを脱ぎ、恐る恐る歩を進めて、玄関からの廊下からキッチンまで行くと、エプロン姿で両手で大きな鍋を持った彼女はぴょこっと顔を出した。



「………おかえり」



山吹さんは少しだけ間を置いてから、俺に声を掛けた。



俺もそれに対してそれ相応の返事を返したが、彼女の様子がどこか妙で、それが気になって仕方なかった。



まるで、俺の様子を伺っているように。



チラチラと視線をそらしながら、俺の機嫌の具合を察するようにどこか落ち着きがなかった。







正直ほっとした。









向こうも向こうで失礼なことを口にしてしまったと、そんな様子だったから。







だから余計にもっと頑張って、彼女を安心させるくらいの活躍をしなくてはとそう思った。



俺はニッコリ安心して、いつものようにリモコンを手に取り、遠慮なくテレビのスイッチを入れる。



すると、夕方のニュースでプロ野球のキャンプ特集をやっていた。



各球団の主力選手達の動向が順番に紹介されている。



しかし、うちの球団は何1つ紹介されなかった。



まあ正直、新球団とはいえ、経営難で消滅した静岡のチームにいた選手はほとんど他球団に引き抜かれた。



うちの球団に来た選手は、経験の少ない若手や新たな出場機会を求めてやってきたベテランの選手ばかり。



そこに俺や柴ちゃんを含めた10名の新人選手に、他何人かの助っ人外国人がいるだけの、いわば寄せ集めのチーム。



言うまでもなく、長くプロ野球界で君臨している他の11球団に戦力的には大きく見劣りする。





注目度は低い。



シーズン100敗を回避できれば御の字だと俺は今の段階ではそう考えている。

          

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