実況!4割打者の新井さん
契約を結びます2
「君はずぼらなのか肝が座っているのか、よく分からないね。まあでも、私を目の前にしたくらいでオドオドしているような男はとてもプロ野球で通用するとは思えないけどね。
それじゃあ、この契約者のこことここに印鑑押してくれるかい?」
「はい、分かりました」
俺は差し出された契約書と誓約書にサインと印鑑を押し、さらに住民票の写し、運転免許証のコピーを提出した。
そのついでに………。
「そうだ忘れるところでした。これよかったら食べて下さい。一応、那須塩原の銘菓でして……」
俺はお菓子の入った紙袋をすすっと球団取締役のおじさんに渡した。
「気を使わせてしまってすまんね。代わりと言ってはなんだが、このビクトリアガレットをもっと食べるといい。親会社の看板商品だからね」
本郷という球団取締役のおじさん。もっさりした髪の毛をジェルで後ろに流し、金色の腕時計を光らせているいかにも偉そうな男だが、なかなか見所がある。
こう、球団取締役という立場からなる圧力のようなものは感じず、それでいて雰囲気と迫力があるようなそんなおじさん。なかなかに体格もいいし。
その横にいる右腕的なおじさんはエリートっぽいが、球団の代表になるような人物なのだがら、それ相応の世界を体感してきたに違いない。
「ところで新井君は現時点でのビクトリーズというチームをどう思うかね」
本郷のおじさんは、ビクトリアガレットを1枚バリバリと齧りながらそう訊ねてきたので、俺は負けじと2枚いっぺんに頬張ってそれに答える。
「正直。分配ドラフトでもっと1軍級の選手を取れるかと思ったんですけど。なかなか難しかったみたいで、1軍のレギュラーを張れるのは、福岡からきたサードの阿久津さんと静岡ヒーローズの正捕手だった鶴石さんくらいですから。
12年前ですか。東北レッドイーグルスが参入した時よりも苦労すると思いますよ。3年で最下位脱出出来れば上出来という感じじゃないですかね」
俺はお茶を啜りながらそう答えると、本郷のおじさんはまた豪快に笑った。しかしそれよりも、俺が出した書類のチェックをしていた右腕の男性がものすごく驚いた顔をしているのが印象的だった。
「いやあ、なかなかの分析力だね君。実は君が言ったことと、ほぼ同じことを他の新人選手に話していたんだよ。これは驚いたね」
俺はなるほどと、本郷おじさんの考えを理解しながらさらに続けた。
「ということはこんな話もしました? 君はビクトリーズに入団して実にラッキーだ。ここならある程度結果を残せば1軍に上がりやすいからね。4年後にAクラスを目指すチームの中心になれるようにしっかり頼むよ……………なんて」
「惜しい。私が言ったのは4年ではなく、5年でAクラスだ」
「うわあ。外したか……」
「しかし、君がいれば4年でAクラスを目指せるかもしれないね」
「またまた取締役ったらお上手なんですから!」
「参ったね。わっはっはっはっ!」
「わっはっはっはっ!」
なんだか、このおじさんとは仲良くなれる気がする。
問題はこのおじさんが何年取締役でいれるかだね。
さすがにそんなことは言えなかったけど。
「よし。全部オーケーだね。一応今後のスケジュールをざっと確認すると、12月の末に新入団選手発表会があって、1月の中頃に宇都宮で新人合同自主トレ。そして、1月30日から1軍2軍の振り分けがあってキャンプ、オープン戦と続くから、しっかり体を作っておくんだよ」
右腕の男性から渡された簡単なカレンダーには、今説明されたシーズン開幕までの流れが記されていた。
とりあえず、12月の末にある新入団選手の挨拶でスーツを着てまた今いる本社に集合すればいいらしい。
「ンー。スシボーイ!」
「ちょっと、ビクトリアさん! 彼、嫌がってますよ。離れて下さい!!」
契約も済ませて、部屋から出ると、赤身のように真っ赤なスーツのビクトリアさんにハグされて、頬にキスマークを付けられた。
気持ち悪いから拭ってやった。近くにあったおしぼりで拭ってやった。
「スシボーイ! スシボーイ!」
ビクトリア社長さんは秘書に引きずられるようにして別室へと消えていく。
その間も、泣きそうな顔をしながら、俺の事をスシボーイ、スシボーイと呼びながらそのまま消えていった。
なんなのだろうか、あのアメリカン女社長さんは。
回転寿司奢ったくらいで妙になつかれてしまった。
あんなのが親会社の社長では、北関東ビクトリーズの先行きは不安だな。あの取締役といい、面白そうではあるけど。
契約も終わったので、俺は再び車を走らせ、宇都宮から自宅のある那須塩原を目指す。
薄暗くなる高速道路を走っていると、助手席に置いたスマートフォンがメッセージの着信を知らせた。
どうせ、今ヒマだったらいつものパチ屋に来いよ。俺も今向かってるからよ。
とかそんな感じのパチンコ仲間の悪友からメッセージに違いない。確認しなくても分かる。
高速を降りた俺はそのパチンコ屋に向けてハンドルを切る。
打ちに行く前には、今日は勝てるかなぁと考えながら、何の台をやろうか、スロットをやろうか、パチンコをやろうかと、わくわくするものだ。
しかし、今の俺にはいつもと違う高揚感がある。
何せ、昼間にサインした瞬間から、俺はプロ野球選手になったのだ。
それも、地元をホームタウンにする新球団だ。
まあ、俺が1軍に上がるなんて夢のまた夢だろうけど、それでも、あと何回パチンコ出来るのだろうと、そんな事も考えていたりしていた。
          
それじゃあ、この契約者のこことここに印鑑押してくれるかい?」
「はい、分かりました」
俺は差し出された契約書と誓約書にサインと印鑑を押し、さらに住民票の写し、運転免許証のコピーを提出した。
そのついでに………。
「そうだ忘れるところでした。これよかったら食べて下さい。一応、那須塩原の銘菓でして……」
俺はお菓子の入った紙袋をすすっと球団取締役のおじさんに渡した。
「気を使わせてしまってすまんね。代わりと言ってはなんだが、このビクトリアガレットをもっと食べるといい。親会社の看板商品だからね」
本郷という球団取締役のおじさん。もっさりした髪の毛をジェルで後ろに流し、金色の腕時計を光らせているいかにも偉そうな男だが、なかなか見所がある。
こう、球団取締役という立場からなる圧力のようなものは感じず、それでいて雰囲気と迫力があるようなそんなおじさん。なかなかに体格もいいし。
その横にいる右腕的なおじさんはエリートっぽいが、球団の代表になるような人物なのだがら、それ相応の世界を体感してきたに違いない。
「ところで新井君は現時点でのビクトリーズというチームをどう思うかね」
本郷のおじさんは、ビクトリアガレットを1枚バリバリと齧りながらそう訊ねてきたので、俺は負けじと2枚いっぺんに頬張ってそれに答える。
「正直。分配ドラフトでもっと1軍級の選手を取れるかと思ったんですけど。なかなか難しかったみたいで、1軍のレギュラーを張れるのは、福岡からきたサードの阿久津さんと静岡ヒーローズの正捕手だった鶴石さんくらいですから。
12年前ですか。東北レッドイーグルスが参入した時よりも苦労すると思いますよ。3年で最下位脱出出来れば上出来という感じじゃないですかね」
俺はお茶を啜りながらそう答えると、本郷のおじさんはまた豪快に笑った。しかしそれよりも、俺が出した書類のチェックをしていた右腕の男性がものすごく驚いた顔をしているのが印象的だった。
「いやあ、なかなかの分析力だね君。実は君が言ったことと、ほぼ同じことを他の新人選手に話していたんだよ。これは驚いたね」
俺はなるほどと、本郷おじさんの考えを理解しながらさらに続けた。
「ということはこんな話もしました? 君はビクトリーズに入団して実にラッキーだ。ここならある程度結果を残せば1軍に上がりやすいからね。4年後にAクラスを目指すチームの中心になれるようにしっかり頼むよ……………なんて」
「惜しい。私が言ったのは4年ではなく、5年でAクラスだ」
「うわあ。外したか……」
「しかし、君がいれば4年でAクラスを目指せるかもしれないね」
「またまた取締役ったらお上手なんですから!」
「参ったね。わっはっはっはっ!」
「わっはっはっはっ!」
なんだか、このおじさんとは仲良くなれる気がする。
問題はこのおじさんが何年取締役でいれるかだね。
さすがにそんなことは言えなかったけど。
「よし。全部オーケーだね。一応今後のスケジュールをざっと確認すると、12月の末に新入団選手発表会があって、1月の中頃に宇都宮で新人合同自主トレ。そして、1月30日から1軍2軍の振り分けがあってキャンプ、オープン戦と続くから、しっかり体を作っておくんだよ」
右腕の男性から渡された簡単なカレンダーには、今説明されたシーズン開幕までの流れが記されていた。
とりあえず、12月の末にある新入団選手の挨拶でスーツを着てまた今いる本社に集合すればいいらしい。
「ンー。スシボーイ!」
「ちょっと、ビクトリアさん! 彼、嫌がってますよ。離れて下さい!!」
契約も済ませて、部屋から出ると、赤身のように真っ赤なスーツのビクトリアさんにハグされて、頬にキスマークを付けられた。
気持ち悪いから拭ってやった。近くにあったおしぼりで拭ってやった。
「スシボーイ! スシボーイ!」
ビクトリア社長さんは秘書に引きずられるようにして別室へと消えていく。
その間も、泣きそうな顔をしながら、俺の事をスシボーイ、スシボーイと呼びながらそのまま消えていった。
なんなのだろうか、あのアメリカン女社長さんは。
回転寿司奢ったくらいで妙になつかれてしまった。
あんなのが親会社の社長では、北関東ビクトリーズの先行きは不安だな。あの取締役といい、面白そうではあるけど。
契約も終わったので、俺は再び車を走らせ、宇都宮から自宅のある那須塩原を目指す。
薄暗くなる高速道路を走っていると、助手席に置いたスマートフォンがメッセージの着信を知らせた。
どうせ、今ヒマだったらいつものパチ屋に来いよ。俺も今向かってるからよ。
とかそんな感じのパチンコ仲間の悪友からメッセージに違いない。確認しなくても分かる。
高速を降りた俺はそのパチンコ屋に向けてハンドルを切る。
打ちに行く前には、今日は勝てるかなぁと考えながら、何の台をやろうか、スロットをやろうか、パチンコをやろうかと、わくわくするものだ。
しかし、今の俺にはいつもと違う高揚感がある。
何せ、昼間にサインした瞬間から、俺はプロ野球選手になったのだ。
それも、地元をホームタウンにする新球団だ。
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