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実況!4割打者の新井さん

わーたん

プロテスト1

このバッティングセンターでは1番速い130キロのゲージ。そこでバッチン、バッチンしっかりミート出来ていれば、嫌でも目に付くようなど真ん中のゲージから出る鉄枠の扉を開ける。

ふっ、まあまあかな……。などと、平日の昼間だから誰も見ていないが、そんな雰囲気を醸し出しながら一息着こうと向かった自販機の側にそのポスターが貼られていたのだ。

それを目にした瞬間、胸を突き動かされたような。脳みそを突き抜かれたような、そんか感覚を覚えた。

生まれて初めての感覚。

その時俺は、あまりの衝撃で自身がばらまいたバッティングセンターのプレイコインにも気付かず、夢中でポスターの詳細を凝視していた。

「おめえも知っているだろう。この新球団。北関東ビクトリーズをよ」

肩にドスンと重たい衝撃。バッティングセンターの店主がタバコふかしながらやってきた。


それほど仲が良いわけではなく、何なら口聞いたこともないような、バッティングセンターの店主とその客だが、肩に手を置きながら語り掛けてくるくらいに、このおじさんも新しいプロ野球チームの誕生に、心踊っている。


そう考えることが出来た。

「知ってっか? この前分配ドラフトと、拾った自由契約の奴を合わせてもまだ支配下の選手は50にも満たねえ。このトライアウトはチャンスあるぜ。

ま、軟式の130キロくれえでドヤ顔浮かべてるおめえはには無理かもしれねえけどよ。しかし、18から28までなら自由参加だ。試しに受けたらどうだ? 人生は何事も経験だからよ。 がっはっはっは!!」

店主は高笑いをしながら、床に落ちたコインを俺の胸ポケットに放り込みながら、大きくあくびをし、側の立ち灰皿でタバコを消して立ち去る。

北関東ビクトリーズの入団テストか。

ものは試しだ。参加してみるかな。

自分の夢がなんだったのか確認する最後のチャンスになるかもしれない。




プロテストの日はあっという間にやってきた。



「那須塩原の新井さんね。はい、ゼッケン着けてグラウンド入って」


プロ野球は東日本、西日本それぞれのレギュラーシーズンが終わり、2位3位のチームでのクライマックスシリーズのファーストステージが始まろうとする時期。

そんな季節。10月頭にしてはまだまだ暖かい晴れた午前中、とはいえ北風が吹き付ける度に、ちょっとさらけ出した腕を擦りたくなるようなコンディションの中、宇都宮の郊外にある山に囲まれた野球場へと俺は足を踏み入れた。

準備期間はそれほど長くなかった。

プロテストの締め切りギリギリにコンビニのコピー機から、北関東ビクトリーズの球団事務所宛にファックスを送り、バイト先に無理を言って、溜まっていた有給を全て使いきる勢いでまとまった休みをもらった。


新しく出来たスポーツショップに、バッティングセンターでもらったクーポン券を握り締めながら、道具一式を揃え、母校ではない近所の高校に出向いて、ほんの顔見知り程度の野球部の監督さんに頭を下げて練習に混ぜてもらった。


午前中は家の近所を走り込み、午後3時を過ぎたら、放課後を迎えた野球部員に混ざってグラウンドに入る。

一緒にアップをして、一緒にキャッチボールをして、一緒にティーバッティングをやって。

わがままを言って、1番速いボールを投げるエースピッチャーのピッチング練習を受けさせてもらったり。

130キロは超えているようなすごくいい球。これ見よがしに、投げられる変化球もしこたま投げてもらって、ひたすらに目を慣れさせて頂いた。

そのお陰で、人の投げる球を打つ感覚を養い、ノックも沢山受け、体も鍛え直し、実践的なカンも取り戻しつつあった。

正直なところ、もう少し時間は欲しかったけど、出来る事はやった。

新しいスパイクも買ったし、バットも毎日夜になっても納得がいくまでしっかりと振り込んだ。

練習が進み、近所の高校球児達と同じようにユニフォームを泥だらけにしていると、本気でトライアウトに挑もうとしている自分がいることに驚いた。

きれいに整備された見知らぬグラウンドを見渡して、全く名前も知らない近くにいた独立リーグのチームと思われるユニフォームを着た選手と早速キャッチボールを始めた。

集合時間には早いせいか他の選手はあまり集まってはいないようだ。

出来る事ならあまり沢山の人が来ませんようにと願いながら、俺はキャッチボールで肩をならしていた。

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