恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~
詩陽の逆襲
詩陽は現在、冷蔵庫の前で仁王立ちしている。
常に、伶弥が食材で満たしておいてくれるそこは、今日もたくさんの材料が入っているし、冷凍庫には作り置きのおかずも充実している。
「逆襲……」
誰もいない空間に、詩陽の恐ろしい言葉が落とされた。
本日、伶弥よりも早く帰宅した詩陽は、伶弥への逆襲に夕飯作りを選んだ。
それが、どうして逆襲になるのか。
それは、詩陽が料理をしたと知った時の伶弥の反応でわかるだろう。
詩陽はスマホでレシピを検索して、材料を順に並べた。
伶弥のエプロンはあるのに、詩陽のものはない。
今度買っておこうと思いながら、いざ包丁を手に深呼吸をする。
それから、ゴトンと大きな音がキッチンに響いた。
「ただい、まぁぁぁ!?」
玄関から音が聞こえ、勢いよくリビングのドアが開いたと思ったら、おかしな挨拶が飛んできた。
「伶弥、おかえり。口が開いたままだよ」
詩陽は、リビングの入口で立ち止まって、口を開けている伶弥の元へ行き、鞄を受け取る。
半分現実から足を踏み外しているような状態の伶弥から、奪い取ったと言って方がいいかもしれない。
「し、詩陽」
伶弥はぎこちない動きで、詩陽と目を合わせた。
その表情からはどこか怯えた雰囲気も漂い、唇が震えているようにも見える。
「何よ」
「もしかして、料理を」
「うん、夕飯を作った。いつも伶弥に任せてばかりだから、たまには私が作ろうと思って」
伶弥はいつも詩陽のために張り切って料理をしてくれるし、そのために残業も減らしているほど、料理にはこだわっているように思える。
詩陽にほとんど手伝わせないくらいなのだから、相当の意味があるのだろう。
だからこそ逆襲として、その役目を今日だけ奪ってしまおうと思ったのだ。
そのついでに、たまには伶弥にも家でゆっくりしてもらえたら、という思惑もある。
「しちゃったの……?」
伶弥の声は若干震えている。
「しちゃった」
「詩陽……!」
「きゃあっ!?」
突然、叫んだ伶弥が勢いよく詩陽に抱き着いたものだから、まったく身構えていなかった詩陽は何が起こったのか、わからなかった。
気付けば、シャボンの香りと長い腕が詩陽を包み込み、硬い胸板が詩陽を支えていた。
「ななな、なに」
「もう! 本当にこの子は!」
「何なの!?」
「可愛すぎて、私、死にそう……」
「苦しくて、私が先に死ぬよ!?」
興奮しているのか、伶弥はぎゅうぎゅうと詩陽の体を抱き締めていて、そろそろ背中と腰がどうにかなりそうである。
「死なないで!」
「伶弥が言うな!」
伶弥は慌てて詩陽の体を解放し、心配そうな顔で、詩陽の体のチェックをしている。
そんなに心配するなら、あんなにも強く抱き締めなければいいのに。
一通りチェックを終えたのか、伶弥は詩陽の肩に手を置き、はぁっと大きな溜息を吐いた。
「もう、興奮しすぎ。そんなにも大袈裟なこと?」
詩陽も呆れたように溜息を吐き、上の方にある美麗な顔を見つめる。
すると、伶弥は心配そうな顔から、パッと花が咲いたような笑顔に変わり、目を細めた。
「嬉しかったんだもの、すごく」
人生で最高のプレゼントを受け取ったと言ってもいいような、そんな興奮ぶりに、詩陽はなんだか居心地の悪さを感じる。
ただ、料理をしただけなのに。
それはつまり、普段から、詩陽は伶弥に任せきりになっている証拠でもある。
「いつも任せきりで、ごめん」
「私がやりたくてやっているんだから、謝って欲しいわけじゃないわ」
「じゃあ、ありがとう、だね」
「ええ。詩陽が喜んでくれるなら、私は何でもするわ。それが私の生きがいなのよ」
そう言って微笑む伶弥は、本当にキラキラと輝いて見え、その言葉は嘘ではないと言っているようだった。
詩陽は無性に端正な顔つきのオネエを愛おしく感じ、手を伸ばして、髪に触れた。
本当は頭を撫でたかったのに、届かなかったことは伶弥に気付かれただろうか。
そう思ったのは一瞬のことだった。
目を大きく開いた伶弥は息を飲み、すぐに破顔した。
その表情に見惚れた詩陽は、顔が近づいてきていることに気付くのが遅れてしまった。
「詩陽」
呼ばれて返事をしようとしたが、言葉にならなかった。
チュッと音が聞こえ、頬に感じた柔らかい感触に驚いてしまったから。
「なっ」
伶弥がそこを親指で撫でたことで、頬にキスをされたのだとわかった。
頬に心臓があるみたいに、トクトクと脈打っている気がする。
「可愛い」
「いいい、今、キス、した!?」
「ほっぺにだけどね」
「それでもキスは、キス! ダメ、そんなことをしたら!」
詩陽は真っ赤になった頬を押さえ、伶弥を睨みつける。
それでも、伶弥は嬉しそうな顔を崩すことなく、詩陽の髪を撫でた。
「どうして? 昔はしたじゃない」
「あの頃は子どもだったでしょ!?」
「そうね。今は、大人だものね。大人のキスをしちゃったわね」
「なんか、意味が違う!」
妖しい方向に話が進みそうになり、詩陽は慌てて伶弥の体を押しのけた。
無邪気な笑顔に見えるが、危険を感じる。
「冷めるから、ご飯にするよ!」
「そうね」
意外にも素直に聞いてくれた伶弥に、ホッと息を吐く。
それから、詩陽は伶弥と一緒に食事の準備を完了させた。
その間も、まったく油断も隙もないと呆れつつ、なかなか冷えてくれない頬を何度も撫でる羽目になった。
それを伶弥に見られていることも、どんな表情で見ていたかも、詩陽は知る由もない。
常に、伶弥が食材で満たしておいてくれるそこは、今日もたくさんの材料が入っているし、冷凍庫には作り置きのおかずも充実している。
「逆襲……」
誰もいない空間に、詩陽の恐ろしい言葉が落とされた。
本日、伶弥よりも早く帰宅した詩陽は、伶弥への逆襲に夕飯作りを選んだ。
それが、どうして逆襲になるのか。
それは、詩陽が料理をしたと知った時の伶弥の反応でわかるだろう。
詩陽はスマホでレシピを検索して、材料を順に並べた。
伶弥のエプロンはあるのに、詩陽のものはない。
今度買っておこうと思いながら、いざ包丁を手に深呼吸をする。
それから、ゴトンと大きな音がキッチンに響いた。
「ただい、まぁぁぁ!?」
玄関から音が聞こえ、勢いよくリビングのドアが開いたと思ったら、おかしな挨拶が飛んできた。
「伶弥、おかえり。口が開いたままだよ」
詩陽は、リビングの入口で立ち止まって、口を開けている伶弥の元へ行き、鞄を受け取る。
半分現実から足を踏み外しているような状態の伶弥から、奪い取ったと言って方がいいかもしれない。
「し、詩陽」
伶弥はぎこちない動きで、詩陽と目を合わせた。
その表情からはどこか怯えた雰囲気も漂い、唇が震えているようにも見える。
「何よ」
「もしかして、料理を」
「うん、夕飯を作った。いつも伶弥に任せてばかりだから、たまには私が作ろうと思って」
伶弥はいつも詩陽のために張り切って料理をしてくれるし、そのために残業も減らしているほど、料理にはこだわっているように思える。
詩陽にほとんど手伝わせないくらいなのだから、相当の意味があるのだろう。
だからこそ逆襲として、その役目を今日だけ奪ってしまおうと思ったのだ。
そのついでに、たまには伶弥にも家でゆっくりしてもらえたら、という思惑もある。
「しちゃったの……?」
伶弥の声は若干震えている。
「しちゃった」
「詩陽……!」
「きゃあっ!?」
突然、叫んだ伶弥が勢いよく詩陽に抱き着いたものだから、まったく身構えていなかった詩陽は何が起こったのか、わからなかった。
気付けば、シャボンの香りと長い腕が詩陽を包み込み、硬い胸板が詩陽を支えていた。
「ななな、なに」
「もう! 本当にこの子は!」
「何なの!?」
「可愛すぎて、私、死にそう……」
「苦しくて、私が先に死ぬよ!?」
興奮しているのか、伶弥はぎゅうぎゅうと詩陽の体を抱き締めていて、そろそろ背中と腰がどうにかなりそうである。
「死なないで!」
「伶弥が言うな!」
伶弥は慌てて詩陽の体を解放し、心配そうな顔で、詩陽の体のチェックをしている。
そんなに心配するなら、あんなにも強く抱き締めなければいいのに。
一通りチェックを終えたのか、伶弥は詩陽の肩に手を置き、はぁっと大きな溜息を吐いた。
「もう、興奮しすぎ。そんなにも大袈裟なこと?」
詩陽も呆れたように溜息を吐き、上の方にある美麗な顔を見つめる。
すると、伶弥は心配そうな顔から、パッと花が咲いたような笑顔に変わり、目を細めた。
「嬉しかったんだもの、すごく」
人生で最高のプレゼントを受け取ったと言ってもいいような、そんな興奮ぶりに、詩陽はなんだか居心地の悪さを感じる。
ただ、料理をしただけなのに。
それはつまり、普段から、詩陽は伶弥に任せきりになっている証拠でもある。
「いつも任せきりで、ごめん」
「私がやりたくてやっているんだから、謝って欲しいわけじゃないわ」
「じゃあ、ありがとう、だね」
「ええ。詩陽が喜んでくれるなら、私は何でもするわ。それが私の生きがいなのよ」
そう言って微笑む伶弥は、本当にキラキラと輝いて見え、その言葉は嘘ではないと言っているようだった。
詩陽は無性に端正な顔つきのオネエを愛おしく感じ、手を伸ばして、髪に触れた。
本当は頭を撫でたかったのに、届かなかったことは伶弥に気付かれただろうか。
そう思ったのは一瞬のことだった。
目を大きく開いた伶弥は息を飲み、すぐに破顔した。
その表情に見惚れた詩陽は、顔が近づいてきていることに気付くのが遅れてしまった。
「詩陽」
呼ばれて返事をしようとしたが、言葉にならなかった。
チュッと音が聞こえ、頬に感じた柔らかい感触に驚いてしまったから。
「なっ」
伶弥がそこを親指で撫でたことで、頬にキスをされたのだとわかった。
頬に心臓があるみたいに、トクトクと脈打っている気がする。
「可愛い」
「いいい、今、キス、した!?」
「ほっぺにだけどね」
「それでもキスは、キス! ダメ、そんなことをしたら!」
詩陽は真っ赤になった頬を押さえ、伶弥を睨みつける。
それでも、伶弥は嬉しそうな顔を崩すことなく、詩陽の髪を撫でた。
「どうして? 昔はしたじゃない」
「あの頃は子どもだったでしょ!?」
「そうね。今は、大人だものね。大人のキスをしちゃったわね」
「なんか、意味が違う!」
妖しい方向に話が進みそうになり、詩陽は慌てて伶弥の体を押しのけた。
無邪気な笑顔に見えるが、危険を感じる。
「冷めるから、ご飯にするよ!」
「そうね」
意外にも素直に聞いてくれた伶弥に、ホッと息を吐く。
それから、詩陽は伶弥と一緒に食事の準備を完了させた。
その間も、まったく油断も隙もないと呆れつつ、なかなか冷えてくれない頬を何度も撫でる羽目になった。
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