愛と呼べるかもしれない境界線の狂気

カムラ(仮村)

少年とコオロギは覚えている

 雨露の乾ききらぬ路面がぬらぬらと街灯の光を反射させ、光の無い山の中を巨大な大蛇が這いまわっているかのようだ。そんな大蛇の背をガタガタと体を揺らしながら走る一匹のコオロギがいた。コオロギは小さな体に似合わぬ、一般的なコオロギのそれとはかけ離れた、ブーンと唸るような鳴き声を上げ、6本の脚ではなく4本の車輪を素早く回転させ、鋭く光る目で実際に路面を照らしながら、うねる大蛇の体に沿って進んでいる。
 コオロギには1人の男が乗っていた。どこか思いつめたような、隈の残る目でじっとコオロギの進む先を見据えていた。
 彼の目指す先にある、一つの童話を紹介しよう。

 何処の国とも県とも知れぬある村に、それはそれは仲睦まじい親子がいた。母親は暖かく清らかで、子は真面目で秀才であった。
 だが、ある時その親子の母親が亡くなってしまった。子は嘆き悲しみ、しかし希望があった。子は古の秘術を用い、やがて母親を蘇らせることに成功した。そうして親子の平穏は無事続くのであった。

 そんな親子にも一摘みの問題があった。母親が生き返ったという噂から、自分も大切な人を生き返らせたいと願う人が繰り返し現れるようになったのだ。さらに子は、訪れた人々を悉く追い返してしまった。周囲は親子に対して陰口を叩くのだった。「自分たちだけ良い思いをして。」
———そんな童話。

 やがて、車輪は回転を止めエンジンの激しい鼓動も止まった。コオロギが目的地に着いたようだ。男は運転席から降りると、一軒の家の戸を叩く。中から少年が出てきた。男は軽い挨拶と自己紹介を終えると、少年に一枚の手紙を差し出した。
 そして、男は自ら喉を掻っ切る。赤い鮮血が戸口に迸り、少年は返り血で真っ赤に染まった。

 少年はそれからしばらくの後に、男が残した手紙に従い。男の恋人を蘇らせるのであった。懐かしい感情を胸に抱きながら。

 夜露は今日も路面を濡らす。蛇の体は長く、しかも先で頭としっぽが繋がっているという。コオロギは男の墓標代わりになり、そしてもう鳴くことは無かった。恋人は男の事を覚えていなかったという。

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