愛と呼べるかもしれない境界線の狂気

カムラ(仮村)

腕(かいな)抱き

 閉じたカーテンの隙間から、路地に立つ街頭の青白い光が差し込み、明かりの無い部屋は一筋の光に照らされた。その光を避けるように女は男の胸へ顔を埋めた。
「眠れないかい?」
 女の動くのに帳を開けられた男が訊ねる。
「いいえ、でも、もう少しこのまま。」
 女は男の背に回した手にキュッと力をこめる。それに応えるように男も女を抱き寄せる。そうして、二人の夜は青白い光が降ろす濃霧に包まれて、夜の深い淵へ向けて漕ぎ出した。

 二人は未だ一線越えぬまま、こうして毎夜互いに抱き合って眠る。
「貴方の腕に抱かれているのが一番心地よく眠れるの。」
 女は、純真な子供のように男に語りかけた。それでも男は文句の一つも言わずに、夜ごと女へその腕を貸し続けていた。
 そんな関係を続けるうち、二人の無垢な関係は、世間にも広く知られるほどとなった。始めは女の姉妹や男の友人達から。ついには女の両親や近所の婦人にまで、無垢であるにも関わらず、その関係は奇異の目で見つめられていた。

 「ただ夜眠るだけの二人」が公然の話題となって久しい頃、その界隈に奇怪な噂が飛び交うようになった。「あの二人の男の方だが。腕を失ったらしい。」その噂を境に、男は女の元を訪れなくなった。
 世間は批判的だったが、元々「ただ夜眠るだけの二人」であったから、そんなものかと話題は霧の晴れるがごとく霧散していった。
 ただ、男の友人達は美しい友情から、彼の境遇を悲しみ、彼を囲んで酒の席を設けようと決めた。
 友人達の開いた会へやってきた男は、ひらりとはためく袖口を無念がるそぶりもなく、その表情はどこか誇らしげだった。元気づけようとしていた友人達は、面食らった思いをしながらも、そうなると噂の女との真相を知りたい欲求にかられた。
 せがむ友人達に男も根負けし、話を始めた。

 男は、女が愛せたのは男の「腕だけ」であったことなど承知で、腕を貸し続けていた。だがその日、女と共に寝ていると自らの腕が付け根からポロリとひとりでに外れたのだ。その瞬間彼は驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻し、外れた腕に抱かれて眠り続ける女をそのままにして彼女の家を出た。
 夜風に吹かれながら歩く中、男はこんな事を考えていた。「男女の別れにも様々あるが、こうして女に何かを預けて別れるというのは、勝手かもしれないが晴れやかな気分になるものだ」と。

 そうして全て話し終えた男を、友人達は馬鹿な奴だと罵った。

「でも、それは愛だろう。」
 店の隅で会話を聞いていた客の一人がぽつりと呟いた。こんな話に共感する人間は、その程度で十分なのだろう。

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